『四十八時間の戦国時代』を読んで

ぼくは、この本を読んで、道子さん、あきほこくん、春男くんたち三人は、とてもゆう気があると思いました。なぜなら、こわい、せんごくじだいに子ども三人で立ちむかうなんてぼくじゃとてもできません。

それに、いくさの多いせんごくじだいのとりでの中に入ると、くびをきられるかもしれないのに、入るなんて、ぼくじゃとてもむりです。

それから、力のすけというさむらいがけがしたら、さむらいなのにたすけるなんて、えらいと思います。

なぜなら、さむらいをむやみにたすけるところされるかもしれないからです。

道子さんとあきひこくんは、くすりうりのところにいきました。

ぼくは、そのくすりうりをずるがしこいと思いました。

なぜなら、道子さんをさらった男に、

「その子をうってください。」

と言ったからです。

でも、道子さんは、あきひこくんと、春男くんに教えるために、サイフと、ハンカチ、それにメモ手ちょうをおとしていきました。

ぼくは、道子さんは、とても、あたまがいいと、思いました。

そして、力のすけは、とりでの人につかまり、ころされました。

ぼくは、力のすけがかわいそうでしかたありませんでした。

なぜなら、力のすけは、まだ十五才なのにわかい、いのちを、うしなってしまったからです。

ぼくは、せんごくじだいに、生きてた人はたいへんだと思いました。

なぜなら、せんごくじだいの人たちは、生きるのがせいいっぱいだからです。さむらいは、そんな中でたたかうのだから、しぬけっしんをしなければできません。

ぼくはいまのじだいに生まれてしあわせです。

いまでも、人ごろしやさつ人があります。でも、せんごくじだいのように、いつ、ころされるかわからないようなことは、ありません。ぼくだって、あたたかいかぞくやなかよしの友だちといっしょにくらしています。

三人は、いまのじだいにもどれてよかったと思います。

書名 四十八時間の戦国時代
著者名 三田村信行
発行所 学習研究社