『パルマ』展について

はじめに

上野の国立西洋美術館で開催されている『パルマ―イタリア美術、もう一つの都』という展覧会を鑑賞した考察について、アートマネジメントの視点から述べていくことにする。美術史学の視点とはまた別の、展覧会のテーマ、展示の内容といったソフト面と、展示場の設備や環境といったハード面の二点から述べていき、最後に簡単な考察をして結論としたい。

展覧会のテーマについて

この展覧会のテーマは、パルマという都市の美術についてであり、なかなか斬新なものであった。「ヴェネツィアでもローマでも、フィレンツェでもない、『イタリア美術のもう一つの聖地』」(会場のキャプションより)というキャッチフレーズは、鑑賞者をこの展覧会のテーマに引き込む、魅力的なものであった。

ルネサンスを、ただ単に「イタリア美術」という大きな枠組みだけで捉えるのでなく、都市ごとに分けてより細かく見ていくことで、それぞれの特徴や違いを出そうとしているのである。その意味で、この展覧会のテーマは興味深いものであった。パルマの美術という、今まであまり取り上げられることのなかった都市の美術に焦点を当てているということで、この展覧会は非常に珍しく、貴重なものであろう。イタリア美術について充分に知っている、分かっているつもりでも、このような新しい切り口の展覧会は新鮮であった。

展覧会のテーマについて思ったことは、パルマという都市がイタリア半島のどの位置にあるのか知りたいということであった。パルメザンチーズやパルマハムなどの食べ物や、元日本代表の中田英寿選手がこの街を本拠地に持つクラブチームでプレーしていたことなど、漠然としたイメージしか持っていない都市についての、具体的で詳細な情報が欲しかったのである。パルマという都市をテーマにしていることを、会場入り口のキャプションで最初に説明していた。しかし残念ながら、会場内にはパルマという都市についての詳しい説明はなかった。

イタリア半島の地図を設けて、パルマがどこの位置にあるのか、他の都市との関係はどのようになっているのかなどの説明は、特に必要ではないだろうかと思った。

会場内で上映されていたビデオの中で、パルマの地理的な説明や、町並みの映像などが流れていたが、これだけでは充分とはいえないだろう。やはり、一つの都市をテーマとした展覧会である以上は、その都市がどのような位置にあるのか、町並みはどのようであるかといった地理的な説明を、映像ではなく図で示す必要があるだろう。そうすることで、この展覧会のテーマももっと明確に伝わるはずである。

企画展のテーマは斬新で、非常に興味深いものであった。しかし図や写真などの視覚的な情報をもっと付け加えることが必要だったと思う。詳しい説明によって、テーマを全面的にアピールすれば、より良いものになったのではないだろうか。

展覧会のテーマは、イタリア美術を、都市パルマという新しい切り口から捉えていて、興味深いものであった。ただしせっかくの斬新なテーマなのだから、パルマという都市についてのもっと詳しい説明をして、より強調すべきだったのではないだろうか。

展示の内容について

展示されている作品は、神話やキリスト教の絵画を中心として、皇帝や貴族などの肖像画、素描や版画、教会建築やその内部の壁画、天井画などの写真や、彫刻作品も数点あった。また公爵が着用していた甲冑も一点あった。絵画、建築、彫刻という美術作品の主要な分野をほぼ網羅していたといってよいだろう。パルマ美術の全体像が詳しく分かる内容であった。

神話やキリスト教の絵画が最も点数が多かったのだが、それぞれの主題について簡単な説明がなされていた。これも重要なことである。神話やキリスト教の主題についてあまり詳しくは知らない日本人にとっては、ただ作品を展示しても、深く理解することは難しい。その作品の主題について説明をすることで、真に理解することができるようになるのであって、西洋美術の、特に神話やキリスト教の作品を展示する際には、主題の説明は必要不可欠なものであるだろう。

また展示のそれぞれの章立ては、『I 15世紀から16世紀のパルマ―「地方」の画家と地元の反応』、『II コレッジョとパルミジャーノの季節』、『III ファルネーゼ家の公爵たち』、『IV 聖と俗―「マニエーラ」の勝利』、『V バロックへ―カラッチ、スケドーニ、ランフランコ』、『VI 素描および版画』というものであった。

しかし、実際の展示は「I→II→VI→II→IV→V」という順番であった。これは、「VI」が素描や版画といったサイズが小さく、やや副次的なものであったのに対して、「V」がサイズの大きな作品が数多くあり、メインとなる章であったため、作品のサイズや数と展示スペースの関係からこのような順路になったのだと思われる。

確かに、「V」の章は地下の展示室が割り当てられていて、とりわけ力を入れて展示がなされていた。この章をメインにしようという意図が感じられた。しかし、章立ての順番と、実際の順路が一致していないため、少し違和感があった。順路に従って作品を鑑賞しているのに、「II」の次にいきなり「VI」が来てしまうと、どこかで順路を間違えたのではないか、途中の章を飛ばしてしまったのではないかという不安を抱いてしまう。鑑賞者にそのような余計な心配をかけないためにも、今回の展示は章立ての順番と、実際の順路を一致させるべきだったのではないだろうか。

サイズの大きな作品ばかりを連続して見ていると、鑑賞者の方も疲れてしまう。途中に素描や版画を挿入することで、鑑賞者に「小休止」の場を設け、また油彩画と異なる分野で展示にアクセントを与えることができるはずである。そして、サイズの大きな作品を数多くあるメインとなる章を最後に持ってくることで、鑑賞者に大きなインパクトを与えたまま展示を締めくくることができる。章立ての順番もそのようにすれば、よりよい展示の内容になったのではないだろうか。

内容はバラエティーに富むものだったので、順番通りに展示すべきであっただろう。

展示場の設備や環境について

この展覧会は、国立西洋美術館の企画展示場で開催されていた。展示スペースは充分にとれていたと思う。

身障者向けのバリアフリー対策はしっかりととられていた。エレベーターも分かりやすい位置にあり、車椅子の貸し出しもしていた。実際、車椅子で鑑賞している人も何人もいた。
 展示場内には、休憩用の椅子が適度な間隔で設けられていた。これも展覧会には必要な設備である。会場全体を見渡せる位置に、充分な数の椅子があった。ただ、椅子がやや硬かったような気がする。もう少し柔らかいクッションなどを用いると、より快適な休憩スペースになるのではないだろうか。

会場内の照明は、全体的には適度な明るさであった。ただし、地下の「V」の章の展示場の照明は、作品保護のため仕方ないとはいえ、やや暗かった気がする。

また、地下の展示場は冷房が効きすぎていて、少し寒かった。これも作品保護のためとはいえ、鑑賞者の体調を考えた方がよいだろう。折しも、クールビズなる運動が社会的にも広まっている時世である。美術館も社会的な施設である以上は、作品保護と同じように地球環境にも配慮しなければならない。

その他に気がついた点としては、展示場入り口の壁には赤い布が貼ってあった。イタリアの国旗の色である赤を装飾として使用することで、会場内の雰囲気を演出していた。同じように、「Ⅴ」の章の地下の展示場にも、赤い布が貼ってあった。暗い照明と相まって、やや作品を鑑賞しにくかったが、会場は独特の空間になっていた。ただしその他の展示場には、赤い布は使用されていなくて、白い壁に作品が展示してあるだけであった。会場の壁を全て赤い布で装飾してしまうと、さすがにやり過ぎの感がしてくどくなってしまう。入り口とメインとなる部分のみに赤い壁を効果的に使用し、その他の部分は通常の白い壁のままにするというように、会場の装飾に区別をつけることで、展示場に変化を生むことに成功している。

より細かい点について言及すると、会場内の各章の説明は、中世の騎士の盾のような形をした紙に書かれていた。これもなかなか粋な演出であった。
似たような演出はもう一つ、「Ⅲ」の章の展示場では、壁の柱に王侯貴族の紋章があった。公爵達の肖像画がテーマであったための演出であろうが、これも興味深かった。

展示場の設備や環境については、概ね満足できるものであった。ただし、照明と冷房については、もう少し工夫の余地があったのではないだろうか。会場内の装飾という点に関しては、粋な演出が随所に施されていて、非常に興味深く、会場内に独特の雰囲気を作り出していた。

考察

イタリア美術というと、特にルネサンスからバロックが黄金時代とされている。この時代の作品は、非常に有名なものが数多くある。我々は、それらの作品を、さまざまな展覧会や美術書や画集などを通して充分に鑑賞してきた。イタリア美術についてはもうすでに多くのことを知っている、分かっているつもりだという考えをつい抱きがちである。しかしそのようなイタリア美術について我々が知っているのは、フィレンツェ、ローマ、ヴェネツィアについてのものが殆どだったのではないだろうか。パルマという都市の美術について、我々は今まであまり考えることはなかったような気がする。

そのような意味で、今回の展覧会は、イタリア美術というよく知られた分野を扱っていながらも、今までになかったような新鮮なものとなっていた。イタリア美術を考える上で、新しい視点を投げかけるような、意欲的な展覧会であった。

今回の展覧会は、テーマは斬新でありながらも、展示の内容はオーソドックスなものであった。絵画、建築、彫刻と美術の主要な分野は一通り網羅していた。主題も、神話やキリスト教の絵画を中心に、王侯貴族の肖像や教会建築やその内部の壁画、天井画などバラエティーに富む内容であった。パルマという今まであまり知られなかった都市ではあるが、他の有名な都市と遜色がないほどの傑作が数多くあるということを伝えるために、あえて展示はオーソドックスな方法にしたのだろう。

テーマや内容など、ソフト面は非常に素晴らしいものであった。それに対して展示場の設備や環境などのハード面もほぼ完璧であった。バリアフリー対策や、休憩用の椅子など、鑑賞者を考慮した設備が整えられていた。地下の展示場における照明や冷房など、細かい点では工夫すべきものも見受けられたが、全体的には充実していた。会場内の装飾も、壁に赤い布を貼ったり、入り口の説明の紙を中世の騎士の盾のような形にしたり、柱に王侯貴族の紋章をつけてみたりと、随所に粋な演出がなされていて、展覧会をより良いものにしていた。

今回の展覧会は、ソフト面、ハード面ともに高く評価できる、非常に優れたものであった。