芥川龍之介『鼻』

悩みというものは、誰にでもある。まして他人に見られてしまう容姿の悩みというものは、本当に嫌である。しかし、供内の悩み程深刻なものはないだろう。五六寸はある長く不細工な鼻。これを他人に見られるのは恐怖でもある。

しかし、人間というものは残酷で、自分の容姿の悩みは嫌がるくせに、他人の容姿の悩みは、可笑しくて。「笑いのタネ」となっている。そうやって他人をあざ笑い、さげすむ事によって、「自分はまだまだ正常だ」と安心したいものなのである。

供内も又そうである。こちらの場合は、「自分の鉤鼻はまだまだ大丈夫」と安心したい人もいるだろうが、見せものや「笑いのタネ」としてあつかっている人の方が多い。

そんな供内も、ただ笑われているだけではない。誰もが自分の悩みをどうにかしようと努力するように、彼も又、自分の鼻を短くしようと涙ぐましい事を沢山している。この行為は、筆者にも共感出来る。どうにかしようとあれこれ必死にやってみるものの、結局は元のままの不細工な容姿である。

そんな或る日、供内は、鼻を短くするのに画期的な方法を知る。早速試してみると、本当に鼻が短くなった。彼は大喜びするよりも、又再び鼻が長くなってしまわないかを心配した。だが、鼻は元の短いままであり、供内は大喜びする。

しかし、鼻の短くなった供内を見て、人々は余計に笑う。鼻が長いと笑われて、鼻が短くなっても笑われる。可哀相な供内は、鼻が短くなったことをかえってうらめしく思う。

そして或る夜、熱が出た供内が翌朝起きてみると、鼻が元の五六寸の長さに戻っていた。この事に供内は大喜びする。「これでもう笑われない」と。この事を筆者は疑問に思う。せっかく自分の悩みを解決出来たのに、元に戻って喜ぶなんて。もっとも、彼の悩みは、筆者のものとは比べようにない程深刻だが―――。