二つの侍

その瞬間、僕は刀で切りつけられたような強い衝撃を受けた。鎌倉文學館でのことであった。

そこでは、作家達が激しく生き、その結果生まれた多くの作品の断片が、静かに展示されていた。生原稿、初版本、書簡、愛用品など、その多くが僕に何かを語りかけていた。その中でも特に深く心に残っているのは、やはり生原稿の数々であった。

原稿の書き方というのは作家によってそれぞれ違い、個性が滲み出ている。升目など気にせずに大きく字を書いたり、一升一升に細かく字を書いたりと本当に様々だが、共通して言えるのは、どれも推敲してあったということだ。一度書いた文を消して横に書き直しをしたり、順序を入れ換えたり、書き加えたりなどの書き込みでびっしりと埋まっていた。

僕にはその一つ一つがとても魅力的に思えて仕方がなかった。自分の感性を、納得のいくまで磨き上げた彼らの姿が目にうかぶようで、喰い入るように見ていた。

かつて鎌倉には、多くの武士達がいて、命をかけて戦っていた。だがここには、文學という道に生き、言葉という刃、ペンという刀を持ち、命をかけて書いた「文士」というもう一つの侍がいた。僕はその侍に、見事に切られてしまった。

鎌倉文學館での興奮も冷めぬまま、その足で今度は稲村ヶ崎へ行った。海は久し振りであったが、海水浴場などではない、違った一面の海であった。決して穏やかではない、荒れ狂った波が、次から次へと打ち寄せていた。怒濤という言葉が本当に似合う波であった。

太陽はそれほど暑くなく、淡い光を出していた。武将の新田義貞がこの海に刀を投げ入れて祈念したそうだが、確かにここには、奇跡を起こしそうな力があった。そして僕も、戦いの前の武士のような気分になった。

鎌倉には、二つの侍がいた。武器は違うが、どちらも誇り高く、志を持ち、激しく生きた人間であった。彼らの持つ刀の力に、僕は本当に打ちのめされた。この衝撃は、しばらく収まらないだろう。

これから先、僕がどうなるかは分からないが、この二つは、刺激的な場所であった。