第5冊ノート(2004年4月~2004年7月12日)

2004年

キミはビョーキ

キミはビョーキ
とんでもないビョーキ
自覚症状のないビョーキ
慢性的なビョーキ
鬱病にも似たビョーキ

また今日もやってしまった
いつものように
時間を 貴重な時間を
無残にも殺してしまった

自分で自分を律することが
自分を止めることができず
病原菌の指示するまま
蝕まれた本能に
体は動いてしまう
気付いたら
もうそこには
ありあまるほどの時間の
ほとんどが消えてしまった
そしてビョーキの兆候が
少し消えると
また後悔してしまう

キミはビョーキ
このビョーキを治すには
もう薬では手遅れ
大がかりな手術が必要だ
心に楔を打ち込め

ノートかルーズリーフか

文房具というものにあまり興味がなかった
使えれば何でもいいと思っていた
しかしどうやらそんな考え方が
ここに来て変わってきた

まずペンケースだが
限りなく汚れを排除して
もろくて繊細で儚いくらいに
きれいなものでなくては
我慢できなくなってしまった

そしてそのペンケースの中に入れる
シャープペンシルやボールペンや
消しゴムにいたる全てのものに
汚れを認めたくない
手汗も脂もつけたくない

最後の仕上げは
その潔癖の筆記具で
書き込む紙の束である
すなわち
ノートかルーズリーフかという問題である
これは重要なことだ

今までずっとノートを使っていた
まるで当然のように
ノートを使っていた
あらゆる勉強において
ノートだけだった
ノートのよさは
何と言っても
真っ白の紙の束を
自分の字で埋めていけることである
最後のページが書き終った時
初めてそのノートは「完成」して
そのノートに書かれた内容が
修得できたことになる
その魅力的なもの
一冊の本を著すように
ガリガリと鉄筆で刻み込んでいく
あらゆるページに物語がある
まさにこれから暗記や復習を超えた
真の学問をやっていくにあたり
無限の可能性を秘めた
ノートほどふさわしいものはないかのように思われる

しかし最近の傾向としては
どうもノートではなく
ルーズリーフのような気もしてくる
客観的に見ても
ノートよりルーズリーフの方が
潔癖であり繊細である
それはペンケースや筆記具ともよく合っている
ルーズリーフのよさは
何枚でもつぎ足しできるということである
一冊の枚数が決まっていないので
いくらでも長い記述ができる
メモ感覚で書ける
そして値段もノートより安い
ある意味でノートよりも使いやすい
合理的であり
現在の自分の好みにも合っているルーズリーフだが
いざ実際に学問ということになると
疑問符が浮かんでしまう
学問とはやはり物語であり
真っ白なノートに自分の考えを書いて
そして自己完成させるものだと思うのだ
無限の可能性のある学問には
無限の可能性のあるノートで

結局のところまだ答が出ていない
ルーズリーフは軽い気がしてしまうし
書きにくい
ノートかルーズリーフか
もちろん詩を書くものは
ノートである

CoyaNote2004023

結局何がやりたいんだよ あんたは
一つのことが崩れると
他のものにまで被害が及ぶんだよ
一つ一つがうまくいかないとなあ

CoyaNote2004024

掌のしわは運命の血管
赤いインクが付着した部分は動脈
これから起こりうる出来事を
体の末端にまで運ぶ
青いインクが付着した部分は静脈
すでに起こった出来事の
後始末をして運ぶ

CoyaNote2004025

自分を偽ることはおそらくできないと
普通はそう考えるだろう
でも実際のところは
いとも簡単にできる
だって周りにいる人々は
誰一人として自分のことを知らないのだから
もう好きなように自分を作ってしまおう
口から出てくるでまかせでも
おもしろおかしくなればよし
経歴なんてそんなもの
気になんてならないよ

CoyaNote2004026

じっくり焦らず
じめじめ尻込みせず
前進後退のタイミングを見極める

常識

常識 それは生きていく上で欠かせないもの
知らなければ恥をかくし
様々なトラブルを起こしかねない
そう世の中にはありとあらゆる常識が
いたるところにあふれている
全部知らなければならない
一つでも知らないと
大いなる後悔となる
特にこの東京という街では
常識というのは一つの免許証だ
不携帯は許されないのだ
いいか
デパートの営業時間は
午前10時から午後8時までなんだよ
それをたかが1ヶ月ちょっと生活したくらいで
すっかり東京の時間に慣れたつもりでいて
中途半端に深夜営業の店に毒されて
常識を忘れて
何ということをしてくれたんだ

この野郎

CoyaNote2004027

もう二度とあの場所には行かないと
今ここではっきりと誓おう
君はビョーキなんだから
こうして明らかにしておかないと
またすぐにあの場所に行ってしまいそうだ
徘徊老人のように自覚症状もなく
ふらふらと
そうしてそこで
また同じような光景で
一年で一度しか変化しないことは
充分に知っている光景を
まるで初めて見るかのような
緊張感を心臓に絡めて
網膜に焼きつけてしまう
そこにある決定事項を
紛れもない事実を
自分なりに解釈してしまっては
いろいろと想像してしまう
いろいろと妄想してしまう
勝手に幸せと不幸せを
勝者と敗者を決めてしまう
時間の流れに悲しみを感じ
その場所を去っていく人々に
恨みとも懐かしさとも区別のつかない
複雑すぎる長年の感情を
抱かずにはいられない
きっとそれはビョーキなんだ
さあもう二度とあの場所には行かないと
今ここではっきりと誓って
そして絶対に行ってはならない

CoyaNote2004028

「裏切られた」なんて
僕らははじめから約束さえしてなかったじゃないか
結局みんな僕のひとりよがり
盲目的に信じてただけ
相手にされてなかった
それに気づきもせずに
一方的に迫ってばかり
突然目の前からいなくなった時に
逃げられたと思ったけれど
どうしてなんて悩んだけれど
今になってみればそれも当然のことだと
そう思えるようになった
邪魔者の僕がいなくなって
無事に見事に帰ってきても
僕は少しも驚かないよ
むしろ何もなかったかのように振る舞ってほしい
まるで僕なんかいなかったことにして
平然と生きて
幸せを掴んでしまえ

それなのに今でもこんなことを言っている僕は
きっと未練があるからなんだろう
もう一度やり直したいなんてつもりはない
後悔ばかりだけど
仕方ないと受けとめている
ただ風の噂でもいいから
僕のことが伝わって
そしてあれから僕は
こんなふうになったと知ってもらえたら
時々想像してしまうんだよ
誰かが僕のことをしゃべって
どんな反応を示すかって
あるいはもっと単純に
どんな生活を送っているかとか
また泣いているんじゃないだろうかとか
愚かなことと分かっていても
自分を止められない

でももうやめにするよ
こんなこと続けても意味はない
それに
僕はもう会いに行けないぐらい遠くへ離れてしまった
それでやっと分かったんだけど
僕はそうやって過去の思い出を引きずることで
裏切られたと被害妄想を抱くことで
悲劇の主人公でも演じていただけなんだよ
そうやってずっとウジウジしてれば
そうやってずっと足踏みしてれば
前進しなくてすむからと
楽をしていたんだよ
もう演じるのにも疲れた
傷なんてしこりがあっては
やっていけない年齢になった
これを最後にもう一切忘れる
もう悩まない
もう諦める
さよなら 美しく忌まわしき 幸集め彼方に紡ぐ野良と君美しこの先絵を描く人生

CoyaNote2004029

どうせもう濡れてしまっているのだから
傘なんて今さら必要ないだろう
そういう意見があるだろう
なるほどそれも一理ある
しかしこれ以上濡れたくない
被害を最小限に防ぐことも重要
何より守るべきもの
水から守らなければならないものがある
というわけでずぶ濡れの体で
傘をさすという
不自然なことになってしまうのだよ

CoyaNote2004030

考えることをやめちゃだめさ
そいつはそこで終わっちまう
常に前進
回路を稼動させよ

CoyaNote2004031

人間は中間的存在
この世の中というものは三つの段階に分かれている
肉体を持ち死ぬものである動物
理性的で絶対的ものである神
人間はこの動物と神の中間にいる
人間は肉体を持ち死ぬ
しかしまた人間は理性的でもある
肉体を持てば欲望が生まれる
動物は欲望だけに生きる
欲をかいてはいけないと思わない
神は理性的にだけ生きる
欲をかこうとすら思わない
中間的存在である人間は
欲望を持ち理性的であるため
欲をかくべきではないという
当為意識が生じる

CoyaNote2004032

欲望は個別的
理性は普遍的

CoyaNote2004033

眠ってはいけないのだ
眠ってはいけないのだ

CoyaNote2004034

一つの山は越えた
一つの波はもう過ぎ去ってしまった
なんだか希望の光が見えてきたような気がする
少しのあたたかな色が
もうそれだけで
人生が楽しくなってくる
きっと全てがうまいくと
信じられるようになる

CoyaNote2004035

今日で十八歳が終わる
しかしどうも風邪を引いたようで
十八歳が終わるというこの日を
一日中寝て過ごしてしまった
なんとかよくなったが
どうにも最近
しっくりいかないというか
心の中にモヤモヤがあって
消えないでいる
何なのだろう このモヤモヤは
言葉では上手く表現できない
曇った感情
蟠りといってもいい気持ち
それを消すためには
何をすればいいのか

こんなモヤモヤは
十八歳という年齢とともに捨て去ってしまいたい

CoyaNote2004036

夜は明けた
今は白々しいまでの太陽と
間抜けな鳥の鳴く
朝である

CoyaNote2004037

いつどんなところで
罠が待ちかまえているか分からない
少しでも油断すると
たちまちにはまってしまう
泥沼の底なし沼の
深く深い
カオスへと
それを回避する方法は
防ぐ手段は
ただ一つ
自律だけ
心に楔を打て

CoyaNote2004038

絶対退いてはならない
一度自分の甘えを許したら
歯止めがきかない
ズルズルと

幸せの定期券

自動改札を通す
長方形の小さな
磁気を帯びたカード
決まりきった
変わり映えのない
線路の上を
電車の中を走る

限られた範囲しか行くことのできない

そしてもうすぐ有効期限が切れてしまう

どうにかして何とかしないといけない

CoyaNote2004039

アンニュイな笑みを浮かべて
君は一体何なんだい
自分の在り方が
どう在るべきか
どう在りたいのかがまだ
はっきりと分かっていない
つまりは
下世話な表現をすれば
キャラが定まっていないということだ
二枚目なんてとうてい無理だし
三枚目も嫌いである
独特のオーラなんて持ってないし
世渡りも上手くない
未だにアイデンティティーが確立できていない
もう大学生なのにだ
もう十九歳なのにだ

昔と変わっていないという見方もできる
確かに昔の
小学生の頃と殆ど変わっていない
性格も 考え方も 癖も
ずっと同じ
かれこれ七年間
もう同じまんま
あれからずっと続いていることも
途中でやめてしまったことも
途中から始めたこともある
それなりの経験もしたつもりだ
でも根本的には変わっていない

昔から成長が全くないという見方もできる
成長するということは
必ず痛みを伴う
もしかしたらひどく傷つくこともある
でもその一歩を踏み出さなければ
一回り大きくなれない
いつまでも失敗を恐れて
妥協をし諦めてしまい
勝手に満足して納得して
挑もうとしない
危険を冒そうとしない
今しかできないことがあっても
決してやろうとしない
意識を改革できない

どうすればいいだろうか

もしここで
変わってはいけないことと
変わらなくてはいけないことがある
なんてそんなことを言うつもりはない
言い訳にすぎない

今まで圧倒的に
やらないでそのままにしてきたことの方が多かったのだから
ここは思い切って
やるという選択をとってみようかと
そんなことを考えてみたりする

すなわち
二枚目を目指す三枚目といったところか

CoyaNote2004040

あんまり自分の暗い過去を話すなよ
みんなひいちゃうぞ
今までの暗い部分は
全て忘れて
よかったことだけ
明るい思い出だけの
つまりはどこにでもいる普通の
人間になれということだ

CoyaNote2004041

今君の目の前にある
現状は
とてもよいものである

告白する資格も権利も自由もある
誰も気にする必要なんてない
自分のやり方でできる
焦らず恐れず諦めず
機会は決して逃さない

まだ何もやっていない
挑まなければ何も始まらない
失敗したっていい
妥協してやらずじまいよりはよっぽどまし

理想は描かない
価値観も抱かない
自然体に
きどらずに
飾らずに
卑下せずに

自分というものをありのまま見せることなく
ちょっと見せたくないところは
隠してしまおう
つまり重要なことは
自分は何も特別なもののない
ありきたりの
普通の人間だということを
深く認識すること

CoyaNote2004042

右から左に同じ文字を
そっくり同じように書いていく
つまりは模写ということだ

小学生の頃から
慣れてしまった行為
すなわち黒板に書かれていることを
そっくりそのまま字数や行数
矢印や色までも同じように
ノートにコピーしていく
それがノートをとるというものだと
思い込み教え込まれていた

大学生になりちょっと自我なんてものに目覚め
ルーズリーフなんてものにあこがれたりして
使ってはみたが
やはりうまくいかず
なじまない
結局ノートにすることにした

それに伴いルーズリーフから
ノートに今までの内容を移動させる
それは黒板の内容をコピーすること以上に
意味がない

それでもやった やりとげた
右手に疲労をためてまでも
そこに意味など求めてはならない
ただ美しいノートにする
それだけに力を注ぐ

CoyaNote2004043

喜び勇んで挑むと
ろくなことがない
途方もないと思っていたノルマが達成でき
授業がとても早く終了し
何だか希望の光が見えてきて
きっとうまくいく
きっと成功すると思っていても
完璧な用意周到な準備をしても
あっさりと失敗してしまう

その姿を見つけられずに
その後ろ姿さえ見つめられずに
もたついている間に
いなくなってしまう

そんなものだよ

いくら手を伸ばしても
掴めない
もどかしくて仕方ない

焦ってはいけない
悔やんでもいけない
不貞腐れてもいけない

でも
でも

なんでなんだ

CoyaNote2004044

君は臆病者だ
いつもいつも失敗を恐れる
失敗するくらいなら
何もしないで何も得ない方がましと
消極的に考えてしまう

嫌われること恥をかくことを恐れる
本当はもしかしたら心のどこかでは
挑戦してみたいと思っていても
長年培われてきた
臆病者の心が
その勇敢な気持ちを潰してしまう

失敗から得ることもある
嫌われ恥をかくことで見えてくるものもある
いつまでも臆病者なだけではいけない

ただ何が何でも挑戦すればよいというわけでもない
見極めが重要だ
退く時は退く
進む時に進む
機会をうかがえ

CoyaNote2004045

どこかで帳尻を合わせる生き方
今日の損失を
いつかの節約で補おうとする
たった一回の出来事を
何度も何度も引っぱり出してきては
この分はあの時の分でまかなおうとする

CoyaNote2004046

今夜の雨は
この傘を濡らすのにちょうどよい

CoyaNote2004047

何が何でも生きてやれ
目的もなくぷらぷらとしているのが
一番良くない
もっと先のことを見据えないと

CoyaNote2004048

意識の彼方に追いやられた言葉

CoyaNote2004049

あくせくしたって仕方ない
なりゆきまかせ
運まかせ

CoyaNote2004050

平凡な今日があり
大きな壁を含む明日があり
幸せなはずの明後日が見える
さあどうするか
今日はそのまま流れる
問題は明日という壁
これを乗り越えれば
幸せが待っているだろう

ほんのわずかな壁のためだけに
明日という二度とない時間を
無駄にしてしまうのはあまりにも勿体ない
幸せのためには
犠牲が必要だなんて
そんな苦行はしたくない
今日と明後日が暗くないのなら
明日もよきものにしたい

すなわち結論としては
明日という一日を
細かく切り刻んで
その中で喜びと壁に分けて
楽しむだけ楽しんで
ちょっと我慢して
そしてまた幸せにあふれる
そうやって割り切って
開き直って
生きていきたい
明日の壁は
とても低くて薄っぺらなもの

CoyaNote2004051

相手に気づかれることなく
存在感を限りなく消して
接近する
相手が動き出すまで
じっとしていて
そのままやりすごす
今まで何度
相手の背中を
後ろ姿を見つめてきただろうか
振り返ることもなく
遠ざかってしまう
何も言葉を交わさないままに
今日も別れてしまった
こんな自分の
まるで悪癖のような特技が
嫌いになる
望んでなんかいない
相手には気づいてもらいたい
どういうことであろうか

つまりそれは
心を開いてないから
いつまでも受身になって
相手が気づいてくれるのを
待っているだけだから
自分から動き出さなければ
積極性がなければ
この性質が
消えることはない

CoyaNote2004052

東京の鉄道は都市の血管だ
無数の血液を
サラリーマンや学生
旅行者にフリーターを
休むことなく
身体の隅々まで運ぶ
特に山手線は
その中でもとりわけ重要なもの
きっと上野駅が肺で
東京駅が心臓で
内回りが大動脈
外回りが大静脈なんだろう
ぐるぐると絶え間ない循環を繰り返す
僕もそのほんのわずかな区間の血流を
毎日泳いでいる

そんな太い血管である山手線が
一度流れが止まってしまうと
これはもう大変な事態となってしまう
たちまちに血液が
赤血球や白血球が
ホームいっぱいにあふれてしまう
移動すべきはずの血液が
ぎゅうぎゅうにつまって
身体に異変をきたしてしまう
遅れてやって来た電車には
もはや血栓となりつつある
大量の乗客をつめ込んで
のろのろと走り出していった

CoyaNote2004053

頭に浮かんだ途端に
消えていく言葉
それを残せずにいる
チャンスはいくらでもある
時間だって場所だって
その気になればいくらだって
できる
けどやらない
周りが気になるからか
自分を許せないからか

それが偶然にも
回復されることもある
それはほぼ奇跡としかいいようのないことで
めったに起こるものじゃない

やはり頭に浮かんだ瞬間に
その言葉をすぐに
網でも使って
すくい上げないといけない
あとでなんてだめだ
残すのは今だ
今しかない

ちょっと座って
落ち着くだけだ
簡単だろう

一年生コンプレックス

2004年現在
僕は大学一年生である
人生で四度目の一年生である
三年振りの一年生である
そして多分最後の一年生である
社会人になれば
新入社員と呼ばれるだけだ
学生という特別な身分にだけ
一年生は存在する

一年生というのはすなわち
新参者である
一という数字が示すように
二やら三やら時に四、五、六という
上の数字
上の学年がある
当然上下関係が生ずる
一年生は一番年下だ
年上の人には気をつかう
出しゃばってはいけない
常に卑下してなくてはいけない

加えて上級生のあの
一年生をうとましく見る目
一年生なんて邪魔だ
一年生なんてまだガキだ
一年生なんて必要ない
そんな視線をひしひしと
自分の中で勝手に感じてしまう

とにかく一年生というものは
まだ新しい学校生活に慣れていない
初々しい者という先入観があって
どうも一年生であることを
好きになれない
なんだか
一年生であることが
悪いことのように
思えてしまう
一年生であることをやめてしまいと
一年生であることは恥ずかしいことと

一年生

馬鹿野郎
何を言っているんだ
一年生という時間は
今しかないんだ
今を逃したら
もう二度と一年生にはなれないんだぞ
学校の中心は
学校生活に慣れた
二年生だ
三年生だ
その時期が一番楽しいだなんて
そんなことを言うな
一年生は今しかない
一年生でしかできないことがある
一年生は一年生だ
年下の生意気な後輩なんていない
逆に自分がそういった人間になれる
学校生活に慣れていない
初々しさは
一年生だけのもの
老けてしまった上級生では
こんな新鮮な気持ちなんてない
この新しい環境で生きているという
この瞬間を
この喜びを
この今という儚く去っていく
二度とない日々を
生きろ
一年生は今しかない
一年生は今しかない
今こそが一年生だ
今だけが一年生だ
一年生であることを
生きて生きて生き抜いて
もう擦り切れてしまうくらい
もうボロボロになるくらい
一年生を生きて
そして満足してから
二年生になりたい
一年生であるこの時間の中で
数字は変わることなく
人は成長している
それは他のどんな学年への成長よりも尊い
一年生は一年生
一年生は 昨日 今日 明日
今を生きろ
一年生を生きろ
一年生で生きろ
一年生ですることには意味がある
一年生ですることが重要なのだ
二年生でも
三年生でもない
一年生ですること
それはその学校という組織の中で
初めてにやったこと
まったく経験のない状態で
やったこと
そのことに意味がある
初心というものだ
二年生になって
妙に変になれなれしくなって
小手先でちょこちょことやることに
なんら重要性も意義も見出せない
一年生を生きている今が
一年生で生きている今が
どれほど大切なことか
どれほど美しいことか
まだ分からないのか
とにかく一年生は一度しかなれない
少しずつ減っていってる
一歩ずつ
一年生という足場が崩れていって
無理にでも二年生という次の段階へ
踏み出さなければならない
音を立てて崩れていく足場の
破片とともに
自分も底へ
落ちていってしまいそうな
その瞬間こそが
一年生としての
最も輝ける時なのだ
今すぐだ
もう時間はない
焦るんだ
急ぐんだ
抵抗するんだ
向こうからやってくる
上級生という波に
背を向けて
力の限り逃げろ
その抵抗こそが
その暴走こそが
一年生であることのあかしだ
その行為こそが
一年生がやることだ
とにかく二年生になるのを待ってなんかいられない
今すぐに
一年生であるうちに
始める
逃げない
諦めない
妥協しない
不貞腐れない
そして負けない
今が一年生
今こそが一年生
待ってなんかいられない
自分から進んでいかなければ

こうしている間にも
時間は過ぎ去っていく
だんだんと一年生らしさが失われていく
最も一年生らしさがあふれていたのは
大学の入学式
そしてその日から
一日一日と
大学生活に慣れていくにつれて
一年生らしさは
毒され入れ知恵されたことによって
だんだんと失われていった
それは仕方のないこと
時の流れや人の成長は
止めることができない
その移りゆく時間の中で
一年生を生きろ
損得も保身も考えずに
ひたすらに走り
何かを残せ
今しかない
一生のうちでもう二度とない
一年生

新歓期におけるサークルめぐるについての顛末

大学という組織に入る
そこは学校であり学校ではない
勉強はする
学年もある
テストも成績もある
だが
部活がない
高校までと違い
学校という名前とつながった
部活動というものはない
あるのは
サークルというものである
部活動とサークルは
どこが違うのか
なんといっても自由である
そしてその種類の豊富なこと
どのサークルにしようかと
あれこれ迷ってしまうほど
例えばハンドボール一つとっても
試合を数多くやるところから
めったに練習すらしないところまで
様々である

僕の場合の
新歓期におけるサークルめぐりは
とんでもないところから始まった

いきなり最初が
呑兵衛式醜球武BIG BEERSであった
そうこれはサークルではない
これは体育局が管理する
部なのである
大学おける部というものが
どういうことを意味しているのか
つまりそれは
高校までの部とは全く違う
勉強の合間にやるものでも
健康のためにやるものでもない
まさにそのスポーツをやるためだけに
その部に所属しているのである
なにせその部に入部することを約束するだけで
大学に入学さえできるのだから
すなわちこの呑兵衛式醜球武BIG BEERSは
僕とは全く縁のないものだった
それなのになぜ
わざわざ
よりによってアメフトなんかの
新歓イベントに参加してしまったのか

あれは四月三日のことだった
ぶらぶらと大学のキャンパスを歩いていたら
後ろからそれこそ熊のような大男が
肩は脱臼したように角張っている
アメフトの格好をした大男が
迫ってきて
そしてこう言うのだった
「おい、そこの君、明日アメフトやるから来なさい。」
―いや、スポーツとか興味ないんで。―
「まあ待て、そこの君よ。そんなんじゃ四年間暗い大学生活を送ることになるぞ。一人で学校に来て、一人で講義を受けて、一人でベンチで昼食を摂って、一人でトボトボと帰っていく。そんなんでいいのか。」
―そんなわけないじゃないですか。―
「いや、必ずそうなる。そんな君の人生を、俺が変えてやるよ。明日アメフト部恒例の、新歓のイベントをやる。そして君の人生は変わる。いいな」
―いや、いいです。―
「いいから来るんだ!!」
殆どヤクザである
脅し以外のなにものでもない
とにかく
この強引な勧誘に負けて
僕はまんまと連絡先を書いてしまったのだ
このことを思い出しただけで
未だに悔しくてたまらない
なぜあの時
もっと言い訳でもなんでもして
逃げなかったのか
あるいは偽の連絡先を書くこともできたはずだ
それなのにどうして馬鹿正直に連絡先なんて書いてしまったんだろう
実を言うとその熊男の言うことも
あながち的外れでもないような気がしていた
心の奥底で密かに抱いていた不安を
はっきりと突かれてしまい
慌てていて冷静な判断ができなくて…
そんな言い訳をたらたらと書いても仕方ない
とにかく次の日僕はアメフト部の新歓イベントに行く羽目となったのだ
東伏見駅に到着するまでに二度も電話がかかってきた
まるで不良の呼び出し
「おうおう、今日来るよな。」
短い言葉と共に脅迫用のナイフが飛んでくる
「ちゃんと金を持って来いよ。」
この場合の金とは僕の体そのものだろう
相手の命令に従うしか生きていく方法のない
まるで弱気な僕は
もう断ることも逃げることもできなかった
報復が恐かった
東伏見駅に到着した時には
雨が降り出していた
きっとこれは神様が味方してくださった
僕がアメフトなんかやらずにすむように
お仕向けなさったのだと
僕は嬉しさを隠しつつ言った
まるで休講を知った時のような笑みなんて見せずに
―雨が降ってきましたけれど…―
あえて中止かどうかは聞かない
ただ雨が降ってきているという事実を述べたにすぎない
雨が降っているということはすなわち中止だということを知っている
「いや、こういうのは雨とは言わないから。」
そんな希望はたった一言のタックルで見事に破壊された
―でも、ジャージとかシューズもないし。―
「みんな貸すからさ、とにかくついて来いよ。」
そういって熊男は僕を強引に
雨の中へ連れ出していった
行き先はきっと体育館裏や廃屋のような
人目の全くつかないところ
そこではこの熊男のような大柄な連中が
十五人いて
手にはバットや鉄パイプなどの凶器を持って
待ち構えているのだろう
貸与されたジャージは
もちろん証拠を隠すためのもの
血まみれになっても
火をつけて燃やせばいいのだから
「ほらここだ。」
そこは競技場の入り口だった
控え室のような部屋へ案内される
果たしてそこにいたのは
このアメフト部のイベントに呼び出された
他の新入生達だった
みんなそれぞれ自前のジャージをきちんと持って
まるでこれから試合をやるように
黙々と着替えている
すでに戦闘態勢に入っている
テーピングをしている者
コールドスプレーでほてった肉体を冷却している者
ひたすら準備運動をしている者
みんなみんな一目見ただけでスポーツマンである
真っ黒に焼けた肌
隆々と岩のような筋肉
電柱のような高い身長
きっと彼らはみんな
自分からすすんでこのイベントに参加してきたのだろう
今まで培ってきた自分の身体能力を
披露するため
あるいはアメフトというスポーツに興味があるのか
それともすでに経験しているのか
そういえば肩にパットを入れている奴もいる
「準備のできた人はこっちに来て下さい。」
その言葉に今か今かと待ちわびていたアスリート達は
いっせいに部屋を飛び出していく
しかし彼らのように自前のジャージなど持っていない僕は
貸与されるジャージを待っているしかなくて
もちろん着替えなんてできずに
一人でボーッと控え室にいた
さっきまでの雄のむさ苦しさは
雨の湿気のおかげでより増長していく
そしてその部屋で自分の存在理由について疑う
なんでこんな所にいるのだろう
今までスポーツなんてまともにやったこともない
ジャージも持ってないのに
いきなりしかもアメフトをやるなんて
どうかしてる
さっきの連中を見たか
みんなの体つきを
僕とは全然違う
あんな連中とアメフトなんてやったら
すぐに骨折だ
そうかこれが奴らのねらいなのか
自分では手をくださず
新入生に一人のターゲットを
リンチさせる
名目上はアメフトということで
凶器は肉体なんだから
証拠は一切残らない
見事な完全犯罪だ
どうしよう
逃げるなら今だ
誰も見ていない
しかし入り口に見張りがいる可能性もある
もし見つかったらリンチどころではない
処刑される
しかしうまくいけば
この雨なら臭いも足跡も消せる
しかし熊の嗅覚は鋭いから…
なんてことを考えていたら
「ほら、これだ、早く着替えろ、みんなもう待ってるぞ。」
ぶっきらぼうにジャージとシューズが投げ込まれた
そのジャージを囚人服のように着る
今までスポーツもやったことのない
ジャージなんて学校の体育以外に着たことのない人間が
スポーツメーカーのジャージが似合うはずがない
不釣り合いな格好が
ますます気分を滅入らせる
しぶしぶ隣の部屋に行くと
すでに多くの人がグループを組み
談笑している
その雰囲気に立ち入ることなどできない
「君はあの組に入れ。」
「君の牢屋はあそこだ。」
僕はその雰囲気をぶち壊してグループの中に割り込む
僕をにらむアスリートの目
なんだこいつ
こんな奴と一緒の組かよ
勘弁してくれよ
足手まといなんだよ
真剣にアメフトをやりたいんだよ
お前にその資格などない
消えろ
などと言いたげな彼らの視線がちくちくと刺さる
―僕だって望んでここに来たんじゃないよ―
無言の抵抗が届くことはない
とりあえず儀礼的な自己紹介のあと
まずビデオでBIG BEERSの活躍を見せられた
アメフトってこんなにもエキサイティングで楽しいスポーツなんだぜ
まるで新興宗教の洗脳ビデオである
繰り返し同じ映像を流すことが効果的である
ブラウン管には無敗のミス一つないBIG BEERSの15sが
次々と得点していた
その後で
簡単にアメフトのルール説明ということになったが
あまりにも簡単な説明で
分かるはずがない
ラグビーならなんとなくルールも分かるが
アメフトなんてそもそも試合も見たことがない
僕はアメリカ人ではなく日本人なんだ
日本人のフットボールはすなわち蹴鞠だよ
全くルールを理解できないでいると
隣から茶髪のプレイボーイが
「いいかい、ここはこうで…。」
と説明してくれる
聞くと彼は学院出身で
高校時代からアメフトをやっているという
道理で
体そのものが違う
「この組はみんな僕の同級生か、実業高校のアメフト部員だよ。」
もうどうでもよくなってきた
雨はますます強くなってきている
叩きつける雨
グラウンドはすでにクリーム状になっている
そんな中やってきたアスリート達は
まずは軽くグラウンド一周と
熊男の命令一つで
すぐに軍隊式マラソンを走ることになる
当然僕がついていけるはずがない
ジョギングなのになんだあのスピードは
足元がぬかるんで何度も転びそうになる
なんとか一周したら
すぐにストレッチ
錆びついた身体を無理矢理に伸ばす
ギリギリとバネの軋む音がする
腰の関節が痛み出す
冷えると痛み出す左膝も悲鳴を上げる
間髪を入れずに練習
いきなり楕円球を渡される
バスケットボールのような球ではない
熊によって潰され歪められたボール
その異様な形に恐怖を感じた
だいたい僕は楕円の方程式を知らない
知っているのは円、曲線、放物線と双曲線ぐらい
方程式を知らないということは圧倒的に不利だ
基本ができないと応用なんてできない
センター試験も個別試験も得点できない
数学で点がとれない
文系の自分にとっての最大の武器が生かせない
すなわち合格は見えてこない
などと考えていると
「おい何やってるんだよ、早くボールをパスしろよ。」
いきなり現実に戻される
―え、えーっと、ターン・ゴー・バックー
「違うだろ、さっき教えたのは…。」
―ダッシュ・アンド・ゴー―
―クイック・アンド・ターン―
―ギヴ・アンド・テイク―
―ノーペイン・ノーゲイン―
アメフトでは
パスをする時はかけ声をかけるらしい
しかしそれが何だったのか覚えていない
だいたいスポーツであんなに大声を出したことなんてない
恥ずかしくてできるはずがない
「もういいよ、お前はパスを受ける方へ行け。」
業を煮やしたのか
パス出しは経験者がやることになった
しかし今度は当然パスをキャッチできない
ぬかるんだグラウンドでは
しっかりと走れずに
そして方程式の分からない楕円球は
それ故につかみどころがなく
僕は何度もパスを落としていた
たとえ何とかつかんだとしても
今度はそれを投げ返せない
楕円球をどう握って
どう振り下ろせばいいのか
形の歪んだボールは
まっすぐに飛ばない
あらぬ方向にいってしまう
故障したロケットのように
「どこ投げてるんだよ。こうやって投げるんだよ。」
熊男は僕に向かって楕円球を投げつけてきた
ドリルのような回転をしたボールが
砲弾のように僕の腹につき刺さった
ギュルギュルと僕の腹をえぐる削る
まずはこんな攻撃か
奴らにしてみればこんなボール一つでも
充分に殺傷能力のある凶器になる
それにしてもこの熊男
どうやったらこんなに鋭くボールを投げられるのだろうか
きっと楕円の方程式を知っているにちがいない
数Ⅲ数Cも得意ですって顔だ
もちろん物理もできるぜって
あれ待てよ この熊男たしか政経学部とか言ってたぞ
最近の政経では数Ⅲ数Cや物理もできて当然なのさ
そうかさすが看板学部
病的な文学部とは違う
所詮数Ⅱ数Bが限界
地学をセンター試験のためにやっただけの人間
そしてスポーツなんてできない
文も武もどちらもだめな人間
じゃあなんでこんなところでアメフトなんかやってるんだ
今日は日曜日だし雨なんだから
ゆっくりとアパートで今後のことについて
どういった大学生活を送るのかについて
考えていればよかったんだよ
そんな貴重な時間を
未知のスポーツで潰してしまっているのか
なんと無駄なこと
「おい、何してる、もう試合だぞ、早く来い。」
アメフトがどんなスポーツなのか
ボールの扱い方すら分からぬまま
イベントはどんどん進行していく
「まずはデモンストレーションとして、僕らが見本を示します。」
そう言うとどこからともなくかけ声が聞こえてきた
「一、二、一、二、一、二、ストーップ。」
フルフェイスのヘルメット
肩からつき出たパット
袖の絞ってあるユニフォーム
いかにもなアメフトマン達が
いかにもなBIG BEERSが
いかにもな熊男達が
まるでこれが青春だと言わんばかりに
大雨の中クリームグラウンドで
アメフトを始めた
激しいタックル肉体と肉体のぶつかり合い
ヘルメットが衝撃音を放つ
さながらプロレスのようだ
アメフトはラグビーと違って
攻撃するチームは守備を妨害していい
すなわちボールを持って走る選手を
タックルやチャージで阻止しようとする選手を
刑事ドラマの犯人とのもみ合いのように止めるのだ
そうやって進路をつくって
最終的にボールを持ってあるエリアを駆け抜ければ
トライせずとも得点になるそうだ
それが一体どういうことか
つまりラグビーは
ボールを持たなければ
タックルもチャージも受けずにすむのに
アメフトの場合
攻撃のチームになってしまっただけで
相手と激しく接触しなければならないのだ
ケガしないように
ボールに近づかずに
適当に突っ立っているだけ
つまりサボるということが
逃げるということができないのだ
アメフトをやるというだけで
タックルもチャージも受けなければならないのだ
そんな覚悟全くできていない僕は
とてもとてつもなく恐くなってきた
こちらの組は僕以外は学院や実業のアメフト部だが
相手チームは全員が経験者なのだ
「今回は、安全のため、タックルやチャージは禁止します。その代わり、ユニフォームにテープをつけてもらいます。ボールを持った人のテープを奪ったら、その時点で攻撃終了です。それを4ターンやります。いいですね。」
僕は熊男の言葉を信じなかった
たとえこれがイベントで
軽いレクリエーション感覚のものだとしても
彼らは絶対に禁止されたタックルをしてくるはずだ
温泉卓球で
はじめは軽く流していたのに
すぐに本気になって
スマッシュをして優越感に浸る奴と一緒だ
「では、全員これを着てもらいます。」
手渡されてのは
さっき熊男たちが着ていたユニフォーム
袖がキュッと絞ってある独特の
アメフトのユニフォームだった
そしてそれにはテープがつけてあった
これを奪ったら攻撃終了
最初からテープを外して
降伏してしまいたかった
勝ちは君らにやるか
ケガさせないでくれよ
心の中で念じながら
仕方なくそのユニフォームを
借りたジャージの上から着た
思った以上にユニフォームはきつかった
特に腕のあたりはしめつけられているような感覚だ
まるでボンデージファッションである
経験者はさすがに
ユニフォーム姿が板についている
いかにもアメフトマンという感じだ
それに比べて僕の方ときたら
初めて着るユニフォームが全然似合っていない
動きづらくて仕方ない
子供服を無理矢理着せられているような
気恥ずかしさ
周りに誰も知ってる人がいなかったのが
唯一の救いだった
大雨の中ですでに泥だらけになって
似合いもしないユニフォームを着て
アメフトをやらされている僕を
誰が想像できただろう
僕自身だって信じられなかった
きっとこれは幻なんだと
心の中で思っていても
冷たい雨は否が応でも僕に現実をたたきつける
こちらチームの攻撃で試合開始となった
試合の前には
全員で円陣を組んで
士気を高める
「We got a win, win, win」
なぜ始まってもいないのにgotなのか
仮定法でこんな形のものがあったっけ
いやそもそもget a <動詞の原形>なんて知らないぞ
せいぜいhave a lookぐらいだ
なんて受験期を思い出しながら
僕は仕方なく円陣に組み込まれた
さあチームの気持ちも一つに高まったところで
いよいよ試合開始
すると熊男は何やらスケッチブックを持ってきて
「いいか、今回はこの作戦でいく。」とコーチのよう
見るとその紙には
番号と矢印が書いてあった
アメフトの場合
攻撃にはいくつものパターンがあるという
一回一回攻撃のパターンを変えていって
ボールを前へとどんどん進めていって
タッチダウンを目指す
具体的に言うと
ボールを持つ人と
パスを受ける人そして守備チームのタックルやチャージを妨害する人とが
いろいろな動きをして
相手を攪乱させる
まっすぐ進む者
数ヤード走って曲がる者
フェイントをかける者
そしてパスを受ける者
こういった動きを組み合わせていき
見事にタッチダウンすれば
彼らは吠えるのだ
「パス出しはお前。で、ここやりたい奴いる?」
僕はすかさず一番外の
直進するポジションを選んだ
もちろん一番簡単でケガしにくそうだから
そうしてルールも全く分からないまま
アメフトの試合は雨の中始まった
パスを出す人の正式のかけ声と共に
一斉に全員が
作戦通りに動き出す
大外の僕は
ただまっすぐ走るだけ
それだけのことでも
ぬかるんだ地面ではなかなか難しい
そんなこんなしていると
いつの間にかボールを持った人の
テープが奪われていた
最初の攻撃は失敗した
みんな悔しそうだった
僕はとても安心した
こんな風に
ただひたすら直進するポジションを選んで
たらたらと走っていれば
そのうち攻撃は終了する
その時をただ待つしかない
それしか生き延びる方法はない
次のターンも
その次のターンも
僕はひたすらに安全なポジションに避難し続けた
しかしそうも上手くいかない
ついに最後のターンで
絶好のポジションが他の人にとられてしまった
残っているのは
パスを出す人のすぐ隣
動きもとても複雑
こんなポジションでは
確実に襲われる
たとえパスを受けなくても
そんな考えをする暇もなく
すぐにスタート
―こっちにパスをするなよ。―
その願いは通じたのか
パスは来なかった
しかし相手は僕を阻止しようとする
僕は前進しなくてはならない
どうする
結果は当然
タックル
腰から下
見事な一発
何とか足を踏ん張って
よろめきながら
痛みに耐える
結局タッチダウンできずに
無得点のまま攻撃は終了してしまった
これが先攻チームの弱点
これでもう勝ちはなくなった
あとはひたすら守って
引き分けに持ち込むしかない
より一層の守備力が要求される
「お前はあいつ、お前はあいつをマークだ。」
ディフェンスの時はもう
ポジションの選択すらできない
勝手に決められる
僕は一応身長の同じぐらいの
それでも体格のいい選手を割り当てられた
そして相手チームの攻撃が始まった
猛牛のように突進してくるアメフトマン達
僕に迫ってくる
僕は彼を阻止するフリをして
簡単に抜かれてしまった
だいたいが止められるわけがない
防衛反応というものだ
向こうから猛牛が迫ってきたら
普通はよけてしまう
僕をかわした選手に
パスが渡った
絶好のチャンス
フリーになった
このまま彼がタッチダウンしてくれれば
そこで勝負が決まり
無事に試合終了を迎えられる
よかったよかったと思っていると
捨て身のタックルで
彼を止めてしまう奴がいた
見事なぐらいに僕のミスをカバーしてくれる
「何やってんだよ、簡単に抜かれるなよ。もっと当たっていけ。」
当たるのは禁止じゃなかったっけ
次の守備のターンでも
僕はあっさりとかわされてしまった
仕方なく止めにいこうとすると
ショルダータックルをしてきたので
手を引っ込めてしまった
少しかすってしまい
とても痛い
こんな感じで
気付いたらかなりのピンチになっていた
「何やってんだよ。」
周りからは冷ややかな目で見られるばかり
相手チームにしてみればこんなチャンスは
こんな弱点はない
ここを突かないわけがない
「いいか、次の守備ではボールを持った奴に当たれ。」
よりによってこんな最大のピンチの時に
どうしてそんな責任重大なポジションをやらせるんだよ
いや実は僕はただの捨て駒
神風特攻隊のようなもの
僕を当然かわした選手を
第二陣が止めるという作戦のようだ
完璧な時間差攻撃
これでこのピンチは切り抜けられる
そして相手の攻撃
僕は切り離しロケットのように
ボールを持った選手に向かっていく
まるでやる気のないディフェンス
ボールを持った選手は
僕をかわすどころか
わざとのようにぶつかってきた
そして僕の後頭部をつかむと
そのまま地面に叩きつけた
クリームグランドがその衝撃を吸収してくれたので
ケガはしなかったが
うつ伏せになったまま
僕はしばらく動けなかった
もちろん相手チームは
悠々とタッチダウン
歓喜の雄叫び
ハイタッチ
ナイスプレー!!
一方負けた方のチームは
とても暗いムード
明らかに敗因は僕にある
こんな奴がチームにいるばっかりに
ついてないよな
足引っぱりやがって
役立たず
運動オンチ
誰も僕に手を差しのべてくれない
僕は一人で立ち上がり
トボトボと歩いていった
これで試合終了
そしてイベントも終了
雨が強くなってきたからだそうだ
だったら最初からやるなよ
なんでこんなところにいるのだろう
なんで雨の中泥だらけになりながら
ルールも分からないアメフトなんか
やっているのだろう
今まで描いていた大学生活って
こんなものだったのか
キャンパスで
講義に出たり
読書したり
おしゃべりしたり
サークル活動したり
そこには笑いがあり涙があり
悩みや苦しみはあっても
後悔や絶望なんて一切ない
そんな夢のような大学生活を
そんなキャンパスライフに憧れて
今までずっと受験勉強してきたのに
高校時代の3年間を犠牲にしてきたのに
何だよこの現実は
こうして雨の中泥だらけになってアメフトやるために
大学生になったはずじゃないだろう
大学生活ってもっと楽しいもののはずだろ
どうしてこんな不必要な忍耐をしなければならないんだ
これじゃまるで…
そうかこれは罰なんだ
きっとこれは罰の一種なんだ
だとすると罪は何だ
僕が犯した罪は何だ
この大学に入学したこと自体が
そもそも罪なのか
いけないこと 許されざることだったのか
おとなしく帝國大學に
旧制高校に入学してればよかったんだよ
それをこんな私立大学なんかに
これは当然の罰だと思え
ふさわしいやり方だろ
私立大学はスポーツがさかんなんだから
こうして大学のアメフト部の連中にやられる
文句ないよな 自分で選んだ大学のアメフト部だもの
降りしきる雨の中で思考は完全に停止し
体からは体温が感じられない
濡れた前髪が不幸を表す影のように
目の前を覆っても
もう何もしない
とりあえずシャワーは浴びさせてもらえるようだ
ビショ濡れの
泥まみれのジャージを体からはぎとる
借りたジャージでよかった
もしも自分のジャージがこんなにまで汚れてしまったら
それこそ最悪の気分になる
ビニール袋につめられたジャージは
もはやただのゴミでしかなかった
こんなゴミみたいな気分にだけはならずにすんだ
よかったよかったと思っていたら
ツメが甘かった
靴下だけは自分の物を履いてしまっていたのだった
あのクリームグランドの上を
何度も何度も踏みしめてしまったのだから
汚れないはずがない
斑に泥がついて
茶色い模様を作っていた
足にへばりついて
なかなか脱げない
やっとの思いで引っ張って
シャワーを浴びた
温度を最高にしても
ちっとも温かくない
熱いお湯なのに
氷水のように皮膚を刺激してしまう
そしてすぐに両腕が
ブルブルと震え出した
急に熱いお湯を冷えきった体にかけたせいで
痙攣を起こしたのだ
腕の震えはしばらく続き
シャワーのノズルをつかめないくらい
コントロールがきかなかった
やっと体が温まって
生き返った気分になった
湯気の向こうには
闘いを終えて
汗を流している
勇者達の姿
肉体がほてっている
きれいなぐらい割れている腹
丸太のような腕
そして痣や傷の跡やら
ギリシア彫刻のような
美しい肉体
それに比べると僕ときたら
贅肉でたるんだ三段腹
たぷたぷの二の腕
アレルギーによるかきこわしの跡
中年オヤジのような
醜い肉体
ますます恥ずかしくなる
シャワーを浴びるとそれでも
サッパリとした気分になった
さっきの控え室に戻ると
同じようにみんな談笑していた
敵味方関係なく仲良く
これがノーサイドってやつねと
僕はそう思って
彼らと離れて
一人で椅子に座って
再び自分の存在理由と
人生について考え出した
こんなところでアメフトをやっている自分を
入試の時想像できただろうか
合格発表の時想像できただろうか
ほんの数日前の入学式の時だって全く想像できなかった
僕が入試の時思っていたことは
もちろん合格できるかどうかであって
合格発表の時は
きっと楽しいはずの大学生活を杜の都で描いて
それは入学式でより具体的なものになった
大量のビラをもらった
その中でいくつか気になるサークルもあった
実際にブースに行って
説明を受けたサークルもあった
グリークラブ 歌はヘタだからやめておこう
岳文会 体力ないし山登り嫌いだからやめておこう
史学舎 歴史好きだしおもしろそう候補決定
エジプト文化研究会 エジプトも好きだから候補決定
速記研究会STENO 速記って国会でメモとるあれか まああんまし興味ないけど一応行ってみるか候補決定
クイズ研究会 バラエティー番組みたいなノリ おもしろそうな人がいるかもしれないから行ってみよう候補決定
絵画会 これぞ本命最初っから美術サークルに入りたかったんだよね。活動も本格的でみんな上手だな。もちろん候補決定。
………
そうやってサークルを絞って
新歓コンパや説明会やイベントの日程を調整して
なるべく多くのものに参加しようと
そう思っていた
昨日だってどっかのサークルに勧誘されるために
キャンパスをうろついていたのに
よりによってBIG BEERSにつかまってしまうなんて
なんだか大学生活の大事なスタートが
うまく切れないような気がしてきた
大熊男達に
楕円球のように運命の歯車が歪められて
狂ってしまい
夢のキャンパスライフが
楽しいキャンパスライフが
送れなくなってしまうかもしれない
そうしたら本当に
熊男の言うように
暗い大学生活になるかもいれない
ああなんて悲しい…
ちょっと待てよ
だったらこの大熊男達は
僕の人生を変えるどころか
滅茶苦茶にしてくれたんじゃないか
こいつらのせいで暗い大学生活になってしまうんじゃないか
畜生
そんな後悔のスパイラルをぐるぐると回っていると
ふいに隣から声をかけられた
あいさつだったのか何だったのか
よく覚えていなかったが
体の細い男性が
声をかけてきたのだ
別の組にいた彼は
僕と同じくアメフト未経験者で
同じようにグループからはみ出され
そして同じような境遇の僕を見つけて
声をかけてきたのだ
僕はただ嬉しかった
アメフト未経験者が僕一人ではなかったこと
仲間にめぐり会えたこと
そして声をかけてきてくれたこと
獣ばかりのサバンナで
人間に出会えたような感動だった
僕たちはそこで
他の連中を完全に無視して
大いに語り合った
「へえ、文学部なんだ。僕も受けたけれど、落ちちゃったんだよね。結局教育だよ。」
「ねえ、今年の一文の英語の問題ってさー、難しくなかった?特にあの単語を空欄に入れるやつ。一つも当たらなかったよ。」
「国語も手ごわかったな。現代文が特に難しくて、時間不足になっちゃったんだよなー。」
「日本史はできたけどさ。でも配点が低いからな。」
彼は入試の時のことをいろいろと話してくる
それは全て僕も抱いていた同じような思いであった
彼とは分かり合えた
内部進学の学院や実業やスポーツ推薦なんかの連中と違い
共有できる受験の苦しみがあったのだ
僕らはしばらく話し合った
それは他のアメフト仲間同士の談笑と何ら変わりなかった
そして
「それではこれから新歓コンパになりますので、高田馬場まで移動です。それぞれの組ごとに移動して下さい。」
熊男の号令一つで
僕と彼は引き離され
僕はアメフトマン達と
行動を共にしなければならなくなった
移動する電車の中
彼らは引き続きアメフトの話で盛り上がる
「○○知ってる?」
「ああ、オレの2コ上の先輩でした。」
「あいつは今△△のポジションなんだよ。」
「××先輩はどうしてますか?」
「☆☆とポジション争いしてるよ。」
さすがは学院や実業のアメフト部
お互いがお互いのことを知り尽くしている
数年以上のつき合い
つながりがある
もうすでに彼らの中で人間関係は完成されている
その中に今日初めて会った僕が入り込めるはずがない
僕が座席の隅で身を潜めていると
熊男はそれを目ざとく見つけてくる
「おお、今日はどうだった?楽しかっただろう!」
―はあ、まあまあ。―
「なんだよ、もっとちゃんと言えよ。もうこれでアメフトやる気になっただろう。」
―いや、そういうわけでは―
「なんだと!?」
今日アメフトをやらされたことでさえ
こんなにも辛いのに
この熊はこともあろうに
入部までさせる気か
僕を人間サンドバックにして
自分の手下にタックルさせるんだろ
あるいはストレスのはけ口にでもするんか
ふざけるな!!!
「ふざけるなだよな!!」
自分の思っていたことを熊が言って
僕は心の中が読まれてしまったと
とても恐くなった
―なんでしょうか?―
「いや、勧誘してたらさ、オレラのことをラグビー部だとか言ってくる奴がいてよー。ふざけてるよなー。どう見たってアメフトだろ。ラグビーとアメフトを混同してるヤツがオレはマジでムカツクんだよ。お前はラグビーとアメフトの違いが分かるよな!?」
―は、はい。うちの高校はラグビーが強いですから。それにユニフォームは、この大学を模したエンジのカラーなんですよ。―
僕は言ってからしまったと思った
ラグビーとアメフトを混同する奴が
嫌いな熊に
よりによってラグビーの話をしてしまうなんて
でもなんとか相手との共通項を作って
少しでも相手のご機嫌をとらないと
やられてしまう
熊なんて野蛮な獣だから
ちょっとでも自分の気に入らないことがあると
すぐに暴れ出す
「そうか、そうか。じゃあ、もうアメフトやるんで決まりだな!!」
どう解釈すればそういうことになるのか
熊の考えてることは理解できない
熊の強引な勧誘を受けていると
電車は高田馬場駅に到着した
「こっからが真の新歓イベントだぜ。」
熊は鼻息も荒く言うのだった
熊によって連れて来られたのは
当然初めて入ることになる居酒屋だった
しかも雑居ビルの二階にある
避難口の少ない居酒屋だったのだ

(続く)

第5冊ノートを終えて

これは「大学の講義が始まってから初めてのノート」である。つまり、「大学生になって初めてのノート」と言ってよいだろう。キリよく四月一日から書き始められなかったことがなんとも悔やまれる。

そんな言い訳はともかく、このノートには大学生活で起こったことや思ったことをいつものように書いていた。大学生活は意外にも劇的に変化はせず、僕自身もあまり変化することなく、ただとても早く流れていくものであった。忙しくて、なかなか書くことができず、このままだと一年以上かかってしまうのではないかと心配もしていた。

ところが、そんな大学生活の最初の頃にあった「新歓期におけるサークルめぐりについての顛末」を書き出してから、事態は一変した。ページ数をかせぐために、いつものようにエピソードを書いていたら、あふれ出す言葉が止まることなく、一気に数ページずつ書き続け、気付いたらあっという間にノートが終了してしまった。しかし詩の方はまだ終わっていない。そう、なんとノート二冊に渡っての長大な作品となってしまったのだ。いわば、上、下巻といったところか。二冊ノートを続けて詩を書くという考えは、前から少しあった。しかしもっとコンセプトのしっかりしたもの、テーマを持ったものにしたかった。こんな風に、ページがなくなって、突然に二冊目になるというものではなくしたかった。でも仕方ない。せっかく連作ノートになるのだから、このノートと同じ種類の、色違いのノートに続きを、そしてこれからの詩を書いていきたい。

それにしても、わずか3ヶ月でノート一冊が終わってしまうとは、大学生活は書くべきことが多いということなのだろうか。いずれにしても、続けざまに次のノートに、その劇的に変化はせず忙しい大学生活の日々の中で、詩を書いていきたい。

これから夏本番。夏で人は変わるというが、この日々、この大学生活も変わるというのか。

2004年7月12日 プラス思考でCoya