第15冊ノート(2018年12月23日~2019年12月29日)

2018年

CoyaNote2018038

絵を描いた。2日間で3枚。さすがにつかれた。でも不思議と心地がよい。 絵を描くことは、精神を安静に保つための療法である。 画材屋に行って、カンヴァスや絵の具をいろいろと見てみたり、イーゼルに向かったり、そういう行為は心をいやしてくれる。出来がどんなにひどいものでも、この世界に生み出された以上は唯一無二の作品である。だから、これからも描き続ける。 描いていないと、生きていないようだ。

2018年12月23日

CoyaNote2018039

明日も休みだというだけで、こんなにも心が穏やかになるなんて。

CoyaNote2018040

ノートが裏写りしてしまうことがわかった。安物の粗悪品はダメだな。

CoyaNote2018041

年賀状を書いた。文面をどうしようか、悩んだ。まさか愛の告白でもしたらとか、年賀状をラブレターにしようだとか、そんな浮いたことを考えたりもした。でも結局、無難なことしか書かなかった。

どうせ返事のこない年賀状だ。何を書いたっていいし、大胆なこととか書いた方がよかったのかもしれない。でもそれをしなかったのは、結局嫌われることが恐いからなのだろう。届かない想いをのせて、年賀状は運ばれる。

2018年12月24日

CoyaNote2018042

今からちょうど10年前の2008年12月25日。僕は、ずっと好きだった女の子と夜に食事をした。クリスマスの夜に一緒に過ごす。その関係性にどのような名前をつけるべきか、答えは一つしかないはずであった。

僕は、彼女のことがずっと好きだった。大学1年生の時、 語学の授業が同じで、同じサークルに入っていた。一目惚れだった。でも、彼女を前にすると、緊張してしまい、思うように話せず、想いを伝えることができずにいた。そうこうしているうちに、彼女は別の語学、別の専修、そして別のサークルに入ってしまい、離ればなれになってしまった。会う機会はほとんどなくなり、また風の噂では彼氏ができたということも聞いた。悲しかった。好きな人ができたけど、告白できなかった自分が辛かった。

それからしばらくして、僕は大学院に進学し、彼女は留年し、再び会えることができた。そして、12月に入って、彼女の方から誘ってきた。僕は天にも昇る気分だった。好きな人から声をかけてくれた。それがどういうことか、考えただけで幸福だった。告白するつもりだった。いや、もっと言うと、彼女の方から告白してくるのではと期待していた。

そして当日。映画を観る約束をしていたのに、彼女は遅れて、というか土壇場でなにかキャンセルのようなことを言ってきて、僕はあわてた。なんとか説得して、食事にはこぎつけたが、会話はちぐはぐ、うまくかみ合わずにとても子紅白できるムードではなかった。

結局、彼女に告白することはできず、 なにもなかった。

あれから10年。彼女はどうしているのか。クリスマスの夜に食事した、それだけだった。もう二度と彼女と会うこともないだろう。

2018年12月25日

CoyaNote2018043

駅の待ち合い室で脚を組んで座る三人
なかのオブジェのように見えた
居合わせただけの他人同士でさえ
空間を飾る芸術になりうるのさ

12月26日

昨日までキラキラ光ってたクリスマスツリーが
今日は門松になっていた
手品みたいな早変わり
こうして今年も冬は進んでいく

昨日まで生えていたクリスマスツリーが
今日は門松に生え変わっていた
冬の木は手品みたいに早変わり
目まぐるしいね 師走はだから忙しい
木が気になるのさ 12月
それぞれの木に役割がある
クリスマスツリーはムードをつくり出すために
門松はめでたさを迎えるために

あと他にもクリスマスリースから正月飾りへと
変わる
変わる 変わる 変わる
クリスマスからお正月へ

CoyaNote2018044

冬の寒さは厳しくて
凍てつくような風が吹くと
心も体も痛くなる。

CoyaNote2018045

オーダーメイドされる愛情
君に合わせて形を変える

CoyaNote2018046

床に散乱したレジ袋
消費社会を象徴しているかのような
物欲の残骸

CoyaNote2018048

昼食もとらずに、10時間以上ぶっ通しで絵を描いた。クタクタのフラフラだが、満足感は大いにある。この満足感を得たいがために、僕は絵を描くのだろう。上手い下手じゃない。描くという行為そのものを楽しんでいる。

トレーシングペーパーで、モチーフを写し、目安線を引いて、カンヴァスと同じサイズの紙に拡大していく。次に、カーボン紙でカンヴァスに下絵を刻んでいく。線が引けたら、アクリル絵の具で色を塗っていく。1回目は薄い色で全体の調子を見る。乾くのを待って、2回目はゴシゴシと力を込めて塗る。そして3回目で仕上げる。3度塗りで色が完成したら、線を引くのだが、ここで少し迷った。線を引かなくても充分いいのではないかと思えてきたのだ。しばし考える。そして、やはり線を引くことを決断する。失敗は許されない一発勝負呑。息を呑むうな緊張感中で、ペンで輪郭線を引いていく。

結果としては、やはり線を引いてよかった。絵全体が引き締まってくる。こうしてまた作品が完成した。

思えば、3年前の2015年6月5日にかけた呪縛で、僕は絵を描けなくなってしまった。下手クソな絵など描いても仕方ないと思うようになってしまった。そしてうつ病を発症し、もはや絵を描くエネルギーも奪われてしまった。

しかし、職場復帰し、少しずつ精神的にも回復してくると、絵を描きたいという気持ちがわいてくるようになった。そして、ある日、衝動的にカンヴァスを買って、絵を描いた。モチーフもなにもない、勢いだけの抽象画だったが、再び絵を描くことができた。これによって、僕は自分にかけた呪縛から解放された。

それからは、自由に、描くことができるようになった。過去との訣別や、昔ラクガキで描いたイメージなど、いろいろとモチーフを描いていった。そして今日、2018年の描き納めを行った。

もうこれからは、下手クソだという劣等感にとらわれる必要はない。自由に、好きなように描いていけばよい。

来年は、もっとたくさんの絵を描いていきたい。

2018年12月29日

2019年

CoyaNote2019001

年が明けて、2019年がやってきた。今年は、短歌と俳句を詠んでいこうと思う。絵ももっとたくさん描きたい。創作をしたい。

短歌や俳句は、ペンとノートがあれば、すぐにできる創作だ。絵のように手間のかかるものではない。目標は、一日一首、一句だ。日記がわりに、その日の気持ちや出来事を詠んでいく。思えば、短歌も俳句も、まだ作品の点数がとても少ない。絵に比べたら、10代の頃で止まっていて、継続性がない。今年を第二のスタートと考えて、作品数を増やしていきたい。

歌集、句集ができるくらいの数は詠むことにしよう。

そんな感じで、2019年は始まる。

2019年1月1日

げいしゅん

絵画、短歌、俳句
藝とともに歩む一年にしよう
創作意欲をふつふつとわかせて
藝術作品は今が旬だ

CoyaNote2019002

新しい万年筆が手に入り、書き出した。字がやや太め、書き味はなめらか。インクがカートリッジ式ではなくペン先から補充する方式なので、やや手間がかかるが、新しいペンも手に入ったので、これからたくさんの短歌や俳句を詠んでいきたい。

さて、明日から仕事が再開だ。憂鬱である。

2019年1月3日

CoyaNote2019004

仕事が辛い。何をすればよいかわからない。何をしたらよいかわからない。やるべきことは山のようにあるのに、そのどれにもとりかかる気力がない。何をするにも、ものすごいエネルギーが必要で、そのパワーが足りない。結果として、仕事は何一つ進まず、自分で自分の首を絞めることとなる。苦しい。

2019年1月10日

CoyaNote2019005

仕事を進める上で必要だから、判子をもらうし報・連・相する。話しかけることは悪いことではない。それをしなければ、仕事が進まないんだからそれをしないといけない。してよい。許される。

だから、やりなさい。考え方を変えなさい。

CoyaNote2019006

仕事中の自分は、本当の自分ではない。それをする装置の一つ、歯車の一つでしかないのだから そういう役を演じればよい。感情なんてもたないロボット。怒られても何を言われても、何とも感じないサイボーグ。たんたんと与えられた仕事をするだけのアンドロイドになりなさい。

CoyaNote2019007

結局歯車にはなれなかった。やるべきことをやらずに、こじれる。トラブルを起こす。

何かをするのがとても恐い。失敗をするんじゃないかとビクビクしている。ルーティンワークのはずなのに、同じことをできない。いつも失敗を恐れている。

CoyaNote2019008

仕事が辛い、というよりやる気がおきない。仕事をしたくない。

CoyaNote2019009

仕事って何だろう。働くって何だろう。わからなくて、働けない。

CoyaNote2019010

なにもかも、手をつけるのが遅すぎる。その場でやれば5秒で済むことをやらないから、それが積もり積もって、遅延になる。

CoyaNote2019011

思考力、判断力、決断力、集中力、仕事をする上で必要な力が失われてしまった。仕事をするのにものすごいエネルギーが必要で、もうだめだ。

頭では、それをやらなければいけないことはわかっているのに、体が動かない。

CoyaNote2019012

仕事に殺されそうだ

CoyaNote2019013

不安が体を襲うブルブルと震える

CoyaNote2019014

最大の懸念事項がどうにか片付きそうなめどがついた。すると、心がいくぶん軽くなった。不安はだいぶ少なくなった。

まだ油断はできないけれど、最悪の暗黒状態は脱したと思いたい。

そして2月も終わる。今年ももう1/6が終わったことになる。その間に、絵は1枚も描けなかった。短歌も俳句も、思ったほどは作れなかった。精神的に創作をできるほどの余裕がなかったのだろう。ここで少しギアチェンジしたいところだ。

明日から3月。気分的にも明るくいきたいものである。

2019年2月28日

CoyaNote2019015

34歳になった。今日は仕事を休んで一日中のんびりと寝ていた。最近疲れがたまっているのか、深い眠りにおちいってしまった。

34歳。いよいよ30代も半ばになった。それに似合う人間になれているのだろうか。だんだんと年をとって、おっさんになっていくのが、今は怖い。ずっと若いままにいたい。つまりそれは、人生が充実しているかどうかということだ。残念ながら、今の人生は充実してるとはいいがたい。休みの日は死んだように眠っているだけでは、なにもならない。

今年の初めに立てた目標、短歌や俳句を詠むということも、なかなかできていない。 絵も、カンヴァスを買ってジェッソを塗ったまではいいが、そこから先が進んでいない。なにかを創らない人生なんて、充実したものではない。つまらない。でも、最近は、なにもかもが面倒くさくなってしまう。これは悪い兆候だ。とにかく描け。そして詠め。

34歳の日々が始まる。また新しい1年になる。それを、確かなものにしていかないといけないのだろう。

2019年6月7日 プラス思考でCoya

CoyaNote2019016

再び、白紙と向き合うことにした。なにもない真っ白な画面と対峙するは、怖いことだ。でも、それを乗り越えなければ、創作なんてできない。

一歩、踏み出すことだ。ごちゃごちゃしてわずらわしい混沌を、一つ一つ片づけていけば、必ず秩序を得ることができる。そうして、きれいになったら、画面を一つ一つ丁寧につくっていけばいい。

矩形の中に、基準線を引いていく。それは痛みをとりのぞいていく治療行為。なにが描かれるか、それを楽しみにしながら、画面をつくる。よい絵が完成することを期待しながら、そのための準備をしていく。

さあ、準備は調った。あとは、何を描くかだ。

2019年7月29日

CoyaNote2019017

苦しみながら、なんとか1枚、エスキースまでたどりついた。モティーフは身近なところにあった。それを強引にも絵にした。形はどうあれ、今は描くことが大切だ。

2019. 8.27

CoyaNote2019018

コンビニのポスター機能を使えば、大作も簡単に作れる。しかしそれに見合うだけのモティーフが見当たらない。

CoyaNote2019019

久し振りに、今年に入って初めて絵を描いた。ベランダに道具を出しっぱなしだから、泥まみれ、ペインティングナイフは錆びてしまっていた。

リハビリのように1枚描いたのだが、カンヴァスが2枚残っている。何を描けばよいのやら。

大型画面に描きたいモティーフはもう決まっている。じゃあこの中途半端に残ったカンヴァスはどうすればよいのか。ふさわしいモティーフが思いつくまでそのままにしておくしかないのか。

2019年9月7日

CoyaNote2019020

他人の幸せをねたみ、うらみ、自分のみじめな境遇に涙が出て体が震える。どうして自分だけこんなにも不幸なんだろう。

幸せが似合わない男。不幸がなによりもぴったりな男。死んでみれば?

CoyaNote2019021

うんうんうなっても、描くべきイメージは思い浮かんでこない。過去は振り返るものじゃない。目を向けるべきは今だ。未来だ。とにかく描け。手を動かすんだ。

CoyaNote2019022

愛しい人を描こう。愛情を線や色に変えて。好きな気持ちを一筆一筆表現していく。

CoyaNote2019023

写真をもとにトレースしていく。描線だけになった彼女を、かわいいと思ってしまう。早く描きたい。それは愛情の表現の一つだ。

CoyaNote2019024

何を描こうか。カンヴァスはある。でもそこに描くべきモティーフが思い浮かばない。

別に、今無理して描かなくても、モティーフが思い浮かぶまで待っていればよいという考え方もある。でも、今、今すぐにこのカンヴァスに描いてしまいたいのだ。カンヴァスを消化するというような、ネガティブな考え方ではなく、今この時を描き込まないと、二度とそのチャンスがこないような気がする。

2019年9月10日

CoyaNote2019025

今日、1枚絵を描き終えた。愛しい人、片想いしている人をモデルに描いた。イーゼルにカンヴァスを架けて、対峙する。いつものように絵の具を塗っていく。今回から、筆を油絵で使っていた筆にした。違和感は特になく、今までと同じような感覚で描けた。途中、絵の奥を薄めすぎて垂れたりしたが、順調に描き進められた。

仕上げに、マジックペンで黒々と、太く 輪郭線を引いていく。色を閉じ込める。そうするともうそれ以上手を加えることはできない。

今回の絵は、不思議な出来となった。 じっと見つめていると、絵が動いているような気がしてくるのだ。奥行きが前に出てくるというか、雄弁に語り出してくる。こんな経験は初めてだ。

いくつか反省すべき点はあるが、今回の絵の仕上がりには満足している。次もこんな感じで描いていきたい。愛しい気持ちを表現する。それが今の僕にできる唯一つのことだ。

2019年9月11日

CoyaNote2019026

立て続けに次の作品の下絵を描いた。今回の作品では、実験的要素をふんだんに盛り込もうと思う。今後の作品づくりの方向性を決めうる、重要な作品だ。

CoyaNote2019027

狂気を感じさせる絵を描こう。見ているだけで、不気味さを感じて怖くなるような絵。狂っている絵。それを描いていこう。

ピエロ

ピエロに潜む狂気
それを描きたい
道化顔の裏側にある
悪魔の存在を

奴はきっとモンスターだ
騙されてはいけない

CoyaNote2019028

絆創膏だらけの腕
ストレスがたまるとかさぶたを引っ掻いてしまう
血が出て臭い体液が出て
その時になってあわてて
絆創膏を貼る
自傷行為がやめられない

CoyaNote2019029

人の心は変わりやすいもの
永遠の愛なんて嘘っぱちさ

CoyaNote2019030

今手元に、1冊のノートがある。「MUSIC NOTE」と書かれた黒歴史だ。小学生から高校生までの歌作りをまとめたものだ。楽典なんて知らないまま、独学で作った歌は、実際にメロディーにしたらどうなるんだろう。ともかくあの頃、真剣に歌を作ろうとしていた。

後半には、鼻歌の断片に歌詞をあてたものがつらつらと書かれている。その文字を見ても、作曲したはずの本人ですら、そのメロディーが思い出せない。だが歌詞として、言葉は残っている。これらは、確かに自分の体から発せられたものだ。

あれから10年以上の時が経った今、この歌詞の断片の続きを書きたいと思う。メロディーは思い出せないが、歌詞として完成させたい。いつかそれに、メロディーがのっかることを期待して。

封印されていたノートをひもといて、新たな光を当てていく。

2019年9月16日

負け犬の歌

負け犬の日々に成り下がる僕は
負け犬の日々を

脱落者 負け犬には生きる意味などない
ただ毎日を無意味に

僕達は負け犬 どこまでも負け犬
人生で勝ちを知らない落ちぶれた人達なんだ

僕は負け犬 僕は吠えてる
自分のどうにもならない日々に
僕は野良犬 僕はさまよう
汚れた街で自分の居場所探して

負け犬 僕達に明日はないんだよ
今日だけ生きていける気力も何もない

格差社会 格差社会 格差社会 格差社会
報われない 救われない どうしようもない 負け犬め

例えば暗黒だった中学時代
ほんの一時ソフトテニス部でペアを組んでいたあいつが
今は結婚して
しかもその相手はミスキャンパスグランプリの超美人
スタイル抜群なモデルでお料理も上手
子どもにも恵まれて
何一つ欠点のないような
幸せな生活を送っています

結婚式のプロフィールビデオでは
何不自由なく真っすぐに成長してきた
すばらしい人生の軌跡が
紹介されたことでしょう

プラス思考でCoyaをいじめて楽しかった中学生活
殴られているのを横で見てクラケラ笑ったり
シュークリームの皮だといってカマキリの卵を食べさせたり
それはそれは楽しかったね

そんなプロフィールが流れることはないのでしょう
でもこれは事実です

でもプロフィールビデオで流さなければ
そんなのなかったことになる
僕をいじめていた過去なんてなかった
ただただ楽しい人生を送ってきた
それがあいつのプロフィール

出会いは大学の同じダンスサークル
みんなが憧れるマドンナに
果敢にもアタックして見事成功
以来2人は美男美女のお似合いのカップルに
ずっとつき合ってとうとう結婚
絵に描いたような幸せな家庭を築きましたとさ
めでたしめでたし

例えば暗黒だった中学時代
同じ学習塾に通っていたあいつ
容姿端麗 学業優秀
スポーツ万能とまるでマンガの主人公みたいな
ハイスペックなあいつと
僕は志望校が一緒だったこともあって
なにかと比べられた
何一つ勝るものがなくて
ただただ自分の劣等感に打ちひしがれるだけだった
塾の講師は露骨にえこひいきをして
あいつはカッコよくて頭も良くてスポーツもできて
それに比べて僕はブサイクでバカで運動音痴で
とにかくダメだとさんざんこけ下ろした
侮辱した

そして運命の高校入試面接試験
集団面接であろうことか
僕はあいつと同じ組に入ってしまった
その瞬間に僕の不合格は決定

高校に入学してからも
あいつは模試で成績上位者に入ったり
バスケ部で活躍したりと
充実した高校生活を送り
対して僕は
学業はビリッケツ
部活はキモイ美術部で
根暗な高校生活を送った

高校を卒業して
あいつとはもう二度と会わなくてすむと思っても
現代の社会技術はそれを許さない
見たくもないのにあいつのその後の人生を
見られるようになっている
あいつのそばにはいつも可愛らしい彼女がいて
大学院の博士課程まで進学して
優秀な業績を残し
一流企業に入社
そして結婚
子どもも生まれてい
何一つ不自由のない幸せな生活を
送っています
めでたしめでたし

格差社会 格差社会 格差社会  格差社会
報われない 救われない どうしようもない  負け犬め
僕は負け犬 どこまでも負け犬
人生で勝ちを知らない 落ちぶれた負け犬

絶対に越えられないガラスの壁
向う側の景色をうらやむことしかできない
覆ることのない今の立ち位置
野良犬は汚れた街で自分の居場所探す

さまよいながら吠える
この現状を憂いて

格差社会 格差社会 格差社会 格差社会
脱落者 負け犬に生きる意味などない
地面をはいずって苦汁を飲むだけさ
あいつは勝ち組 僕は負け犬

可愛い妻と愛すべき子どもたち
あいつは幸せな家庭を築いている
負け犬は孤独に腐った肉を食べ
腹を壊してただウンコ垂れ流すだけ

あいつは負け犬を
見下して笑う

いじめられけなされてキモインだ負け犬は
生きるな今すぐに死ねよ殺されろ
あいつは幸せ 負け犬は不幸せ
これこそが自然の摂理そのものだ

やがて死んだ負け犬は
朽ち果てて消える

格差社会 格差社会 格差社会 格差社会
報われない 救われない どうしようもない 負け犬め
僕は負け犬 どこまでも負け犬
人生で勝ちを知らない落ちぶれた負け犬
格差社会 格差社会 格差社会 格差社会
負け犬の日々に成り下がる僕は
負け犬の日々を受け入れて生きる
明日などないことも知っている負け犬
僕は負け犬 どこまでも負け犬
幸せの味味など決して知らぬ負け犬
不幸せ全身に浴びた負け犬
毛も抜けて骨と皮だけの負け犬
死ぬことが当たり前キモイ負け犬

2019.9.17

CoyaNote2019031

「負け犬」をテーマに、1つ曲らしきものになれるのかわからないが、詞を書いてみた。その間に自分の心情を書き殴ってみたら、それはもうみじめでみじめで泣けてくるくらいのものだった。どうしてこんな人生になってしまったのだろうか。どこでこんなことになってしまったのか。

この詞にメロディーをつけても、ちっとも楽しくない歌になりそうだが、この現状を憂う歌詞を表現できたことに意味があると思いたい。

CoyaNote2019032

大作を描こうという構想はあるのだが、それとは別に、もうすでに次の作品の下絵ができた。こちらも早く描きたくてたまらないほど、よいできである。こうやって、描きたい という気持ちを、ずっと持ち続けることだ。

CoyaNote2019033

今までの画業で最大サイズのカンヴァスF80号を買った。しかも2枚。その他に絵の具やジェッソなども。勢い だけで、衝動に突き動かされて買ったのだが、構想はある。しかしそれを描いたところで何になるのだろう、何の意味もないではないかという、疑いの気持ちもどっかにある。迷いがあってはだめだ。ためらっていては、いい絵は描けない。今、この瞬間に描くと、今しか描けないと思うことだ。

CoyaNote2019034

80号カンヴァスにジェッソを塗った。それだけで一苦労だ。部屋を占拠する大画面に、本当にこれに描いていけるのかと思ってしまう。まず場所がとれない。床に置いて水平に描こうと思っていたが、どうにも難しそうだ。だとすると、壁に立てかけて描くしかないのか。いずれにしても、描くのにはもっと苦労しそうだ。

CoyaNote2019035

2枚目の80号カンヴァスにジェッソを塗った。今 回も悪戦苦闘、汗ダラダラでとても疲れた 。あとは乾燥させれば、とりあえず描く準備は調ったことになる。しかし、本当にこんな大画面に描いて、意味があるのかと思ってしまう。疑っていてはだめだ。心にゆらぎがあるうちは、きっといい絵は描けないだろう。今、このタイミングで、このモティーフを描くことにこそ、意味がある。今しか描くチャンスはない。そうやって、あらゆる疑念を振り払っていかないと、とてもこんな大画面とは闘えない。少しでも気を抜けば、油断すればたちまち、喰われてしまいそうな大画面である。立ち向かう気力、体力を充分にたくわえなければならない。

CoyaNote2019036

ジェッソの乾燥に思いの外時間がかかる。カンヴァスの表面は乾いても、ふちの部分にしたたり落ちた、滴のようなものが、厚塗りになってしまい、なかなか乾かない。今日中に乾いてくれないと、寝る場所さえないような状況だ。

CoyaNote2019037

最近、会う人会う人に「太った」と言われて、大きなショックを受けている。確かに、一時期に比べると20kgくらい体重が増えている。これは非常にまずい。ダイエットしなければ。自戒の念を込めて、《デブ・デブ夫の肖像》を 描きなさい。

CoyaNote2019038

カッターナイフを買った。自分の手首を切るため、ではなく、制作に使うものだ。デザインナイフを持っていたのだが、どこかにやってしまった。仕方なく新しいのを買ったの だが、重厚そうなデザイン、手にフィットする感触がよい。スパスパと、なんでも切れそうだ。

CoyaNote2019039

80号のカンヴァス2枚に、下絵の線を描いた。コンビニのコピー機のポスター機能を使い、簡単に大画面がつくれる。 最初はカッターで余白を切って、 糊で貼ってつなげていこうとしたが、とてもそんなことができる作業スペースがとれず、断念。マスキングテープの上からなぞっても、カーボン紙で線が写しとれることが、実験によってわかったので、マスキングテープで貼り合わせていくことにした。

できあがった下絵は、かなりの迫力があったのだが、ここにきてまた迷いが生じてしまう。よく見ると、絵にしても仕方ないものではないかと思ってしまった。それでも、ここまできたらもうあとには引けないと腹を括り、作業を進める。カーボン紙の数も大量に必要で、いろんな方向から腕を伸ばして線をなぞっていく。下絵を写しとるだけで一苦労である。

なんとか2枚、下絵を描いたので、あとはアクリル絵の具で塗っていくだけだ。しかし、画面が大きいため、絵の具も大量に必要になってきそうだ。

その後、8号のかカンヴァスにジェッソを塗り、そのカンヴァスに描いていく下絵を描いた。捕くべきこと、やるべきことばたくさんある。それをやっていくだけだ。

2019年9月26日

CoyaNote2019040

カンヴァスを買ってきて、ジェッソを塗る。そのくりかえした。今度のモティーフは、好きな人の 横顔と、昔好きだった人の顔。後者は、下絵をかつて描いていたので、それをなぞった。昔の作品の焼き直していえばそれまだが、作品にできずにいた想いを成仏させるという目的もある。

基準線は引いたので、明日以降 に拡大させていくことにしよう。

CoyaNote2019041

昨日は出勤する前に、絵を描いた。仕事中も絵のことが気になって、集中がてきなかった。描きたくてウズウズしている。

そして今日は、カンヴァスを一気に8枚もまとめ買いした。しかも、描くプランはもうできている。下絵は描いてある。あとはひたすらカンヴァスに下絵を引いて、塗っていくだけだ。 絵にまみれる秋にしよう。

CoyaNote2019042

絵を2枚同時に描いた。かって好きだった人と、今好きな人の肖像画だ。後者はうまくできた。目の角度もばっちりだ。しかし、前者はどこかしっくりこない。あごの部分の輪郭線を失敗してしまったようで、かわいくない。一つ一つのパーツを見ていけば、確かに彼女だとわかるし、全体的にもなんとなく似ている。しかし下絵の時の魅力が、本画にしたら失われてしまったようである。それは、もう離れていってしまった心、好きな気持ちともリンクしているのだろうか。10年以上前に描いたエスキースをを基にして下絵を起こしたのだ、もう心は別の人を好きになっているということか。彼女のことは、この絵をもって諦めることとするか。今好きな人を、これからはたくさん描いていきたい。

2019年10月6日

CoyaNote2019043

一発勝負の輪郭線引き、それに負けてしまった。それまで積み重ねてきたものが、一瞬で全てパアに。 仕上げの描線の恐ろしさを、深く心に刻め。

CoyaNote2019044

次の作品の下絵を描いた。高校時代に好きだった人がモデルだ。今は落ち着いて いるが、あの頃は気が狂うほど好きだった。もちろん片想いだけど。

この絵も、いいものにしていきたい。

CoyaNote2019045

今日も2枚同時に描いた。描くことは、とても体力がいる。描いていると、とても疲れる。休憩していると眠くなってくる。それに打ち勝たないと、いい絵は描けない。

ペイントマーカーで輪郭線を引き、作品を完成させた後、今度はジェッソを塗った。

CoyaNote2019046

F80号のカンヴァスに描き出した。刷毛を使って広い部分を塗っていくのだが、カンヴァスを立て掛けてあるので絵の具が垂れてしまう。なかなか思い通りにはいかない。そして台風が来て気圧のせいか、眠くて仕方ない。一度塗ると、疲れて眠てしまった。結局、二度塗りしたところで今回はおしまい。続きは次回。これが、大型画面を描くことの難しさなのか。

2019年10月12日

CoyaNote2019047

また不意に見せつけられた他人の幸せ。全身をかゆみが襲い、血が出るまでかきむしってしまう。吐き気がする。

CoyaNote2019048

血まみれ
気まぐれ

CoyaNote2019049

F80号のカンヴァスに色を塗り終えた。まだ、輪郭線を描いていないので完成はしていないのだが、とにかく疲れた。広い面積を刷毛で塗っていくのが、力を込めないといけない。一回塗るとすぐ 眠くなってしまう。絵の具は大量に消費するし、時間も体力も奪われて いく。こんな絵を描いて、何になるんだろうという、ネガティブな思考が顔を出してくる。それでも描いてしまった。この世に生み出してしまった以上、それは作品だ。 責任を持たなければいけない。

まだ完成していないので、油断してはいけない。そしてもう1枚あるカンヴァスも、早く手をつけなければいけない。

CoyaNote2019050

2、3日寝かせておいたF80号のガンヴァスに、満を持して輪郭線を引いたのだが、これが思ったようにならない。色を閉じ込 めても、ぐっと迫ってくるものがないのだ。大画面だから線が細くなってしまったのだろうか。とにかく失敗作に近 い形になってしまった。残念だ。これが、大型画面を描くことの難しさなのか。

CoyaNote2019051

昨日のショックを引きずっているのか、朝 起きだけど、絵を描くやる気がしなくて、隋眠をむさぼってしまった。それから、夕方の4時くらいに、やっと起き上がって、用事を済ませて、描き始めた。

アクリル絵の具で描くのだが、水の量が多くて、垂れてしまう。前回の失敗の教訓を生かせていない。

なんとか二度塗りまで終わった。統きは明日。

CoyaNote2019052

やはり昼間まで寝て、午後から色塗りの続き。途中いろいろとハプニングはあったけれど、なんとか終えた。あとは乾燥させて、ペンで描線を刻んでいくのだが、大型画面を2つ描いて、思っていたような達成感は得られなかった。空しい。やはり、何の意味もなかった。寂しい。

CoyaNote2019053

7連動があって、仕事が忙しくて、やっと休みがとれた。長いこと色を塗ったまま放置していたF80号のカンヴァスに、線を引き、また新たに1枚描いた。しかし、相変わらず下手クソで嫌になる。絵の描き方を忘れてしまったのだろうか。それとも、もうこのモデルに対しては何の感情も抱いていないから、どうでもいいというネガティブな気持ちが働いて しまったのだろうか。

もう、絵を描くのをやめてしまおうかという、いつもの病気がやってきた。でも、少なくともあと8枚は下絵を描いたカンヴァスがあるのだから、それだけは片付けないといけない。

2019年11月5日

CoyaNote2019054

手紙を書いた。家には届くけど、心には届くかわからない。でも、何もしなければ、 何も起こらない。

2019年11月25日

CoyaNote2019055

かさぶたをはがす。ささくれをむく。血が出 る。とても痛い。わかってはいるけどやめられ ない自傷行為。

CoyaNote2019056

絵を描いた。もはやモティベーションなど少しも残っていないけれど、カンヴァスが残っているから、仕方なしに描いた。

CoyaNote2019057

絵を描いた。失敗の許されない一発勝負の線入れで、失敗してしまった。あわてて挽回をしようとしたけど、手遅れ。極太のとても不恰好な輪郭線になってしまい、とてもじゃないがかわいくない。どうしてこうなってしまうのか。最後のツメが甘い。絵が下手になったのか。元々下手だけど。

2019年12月15日

CoyaNote2019058

絵を描くことに失敗したから、罰としてかさぶたをはがした。痛みとともに、血が流れる。傷口がジンジンする。この痛みを心に刻み込め。こんな痛みも受け入れることのできない者に、絵を描く資格などない。痛みを抱える覚悟を。

CoyaNote2019059

いつでも自殺できる準備をしていた。

いつでも手首を切れるように、ナイフを持っていたし、いつでも首を吊れるように、ネクタイを外さなかった。何か嫌なことがあったら、すぐに自殺していた。

CoyaNote2019060

来年の年賀状のための下絵を描いた。ちょうど子年ということで、始まりにふさわしいから、カンヴァスに描いていくことにしよう。そして正方形のS号カンヴァスというもの に挑戦してみようと思う。その方が、12枚並べた時に、揃ってきれいに見えるだろう。

CoyaNote2019061

ストーブの炎に照らされて、カサカサに乾いたかさぶたを、ベリっとひっぺがす。たちまち、赤い血が流れる。何度も何度も繰り返してしまう自傷行為。やめられない。

げいしゅん

もうすぐ2019年も終わる。今年の初めに誓った抱負は、「藝旬」であった。絵画、短歌、俳句、とにかく創作をしようと決意したのであった。

絵画の方は、昨年を超える枚数を描くことができた。F80号という、画業の中で最大サイズの画面にも挑戦した。けれど、大画面はどうも自分には合っていないような気がする。小さなカンヴァスに、ちまちまと描いていく方が性に合っているような気がするのだ。

シリーズものの連作も描いてみた。けれどもあまり満足のいく結果は得られなかった。絵の描き方について、研究を深めていくのが来年の 課題である。

一方、短歌、俳句の方は、思うように作品を創ることができなかった。一日一首、一句などという、今思えば無謀な目標を立てたのがいけなかったのか。あるいは、詠むための時間を確保することもできないほど忙しかったのか。来年はもっとたくさんの短歌、俳句を詠んでいきたい。

藝旬、藝術作品は今が旬である。

CoyaNote2019062

冬の朝、まだ夜が明けないうちに出勤する。 冷たい空気が体の芯まで染み込んでくる。ポケットに両手をつっ込んで、とぼとぼと歩いていく。次第に空は青みを取り戻してくる。少しずつ少しずつ、朝はやって来る。そこに希望があるかは別として。

CoyaNote2019063

かつて、「須磨甫と我羅携」という文章を書き、スマホを持たない自分を惨めに描いた。そして今、スマホを持つことになった。 もう惨めな自分ではない。人生をスマートに歩める人間になりたい。かって否定した人間像に、今はなることを受け入れている。線を飛び越えるのに、時間と覚悟が必要だった。

第15冊ノートを終えて

ちょうど1年かかって、このノートは終わった。主に絵 に関する記述が目立つ。仕事に対する憂鬱な言葉は、4月の異動によってどうにか抑えられている。目を向けるべきは、過去ではなく未来と気付いてから、考え方が少し変わった。

その一方で、短歌や俳句は、思ったほど 詠むことができなかったのが悔やまれる。

このノートの間に、世の中も大きく変わった。元号が改まり、新しい時代の幕開けだと言われている。その流れにのっかりたい。

思えば最初に書き出したこのノートは、文字が裏写りしてしまうことがわかり、嫌な気分にもなったが、今はその感触を受け入れている。残り2冊もあるので、同じようなテンションを維持していきたい。

もうすぐ年も明ける。新しい年が、良いものとなることを願いたい。

2019年12月29日プラス思考でCoya